はじめに
暦には、日付だけでなく「その日の意味」を示す情報が記されています。
大安や仏滅、天赦日、一粒万倍日といった言葉は、その代表的なものです。
これらは総称して「暦注(れきちゅう)」と呼ばれ、古くから人々の生活の中で日取りの判断に用いられてきました。
本特集では、暦注がどのように生まれ、どのような仕組みで成り立ち、そしてなぜ現代まで残っているのかを、段階的に整理していきます。
宇宙の運行に基づく暦の基礎から、人の暮らしに根づいた吉日文化まで、全体像を通して読み解いていきましょう。
暦注は、宇宙の暦に人の知恵が重なって生まれたものです。
【第1部】宇宙の暦
暦注は、人の都合だけで作られたものではありません。
その根底には、太陽や月、星の運行という「宇宙のリズム」があります。
第1部では、十干・十二支・六十干支といった基礎から、暦そのものの仕組みをたどりながら、暦注が生まれる土台を整理していきます。
【第2部】暦注の体系
暦注は、単なる言い伝えではなく、一定の仕組みによって組み立てられています。
中段・下段と呼ばれる配置の中で、干支や天体の動きに基づいた複数の体系が重なり合い、一日の吉凶が表現されていました。
第2部では、その構造を分解しながら、暦注がどのように作られているのかを見ていきます。
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中段編
中段に記される暦注は、暦全体の骨格ともいえる存在です。
十二直や二十八宿など、周期的に繰り返される仕組みによって、日々の意味が与えられています。
ここでは、暦注の中心を成すこれらの体系を順に見ていきます。
下段編
下段の暦注には、吉日や凶日として広く知られるものが多く含まれます。
天赦日や一粒万倍日、不成就日など、日取りの判断に使われてきた考え方がここに集まっています。
その意味と成り立ちを、一つずつ整理していきます。
その他
暦には、体系的な暦注とは別に、信仰や習俗と結びついた特殊な日も存在します。
八専や十方暮、庚申待などは、生活や行動に直接影響を与える形で受け継がれてきました。
ここでは、そうした「暦と人の暮らし」が色濃く表れた暦注を取り上げます。
【第3部】六曜と近代
近代になると、日本の暦は大きく変化しました。
明治改暦によって公的な暦から多くの暦注が姿を消す一方で、六曜のような簡略な仕組みは生活の中に残り続けました。
第3部では、暦注がどのように整理され、なぜ現代まで残ったのかを考えていきます。
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暦注とは何か ―― 日本の暦文化を読み解く ――
暦注は、宇宙の動きから始まり、人の暮らしの中で形を変えながら受け継がれてきました。
全体像を改めて整理したい方は、総論記事もあわせてご覧ください。

