目次
第2章のまえに
― 暦のしくみを、やさしくたどる ―
1 「日を選ぶ」前に、まず時間のことを
これから「選日」という話に入っていきます。
けれども、その前に、少し立ち止まりたいと思います。
人はなぜ「日を選ぶ」ようになったのでしょうか。
その問いに答えるには、まず、
人はどのように時間を知ったのか
をたどる必要があります。
暦は、最初から「吉凶」を語っていたわけではありません。
最初にあったのは、もっと素朴な問いでした。
今日は、いつなのか。
いまは、どの季節なのか。
次の春は、いつ来るのか。
時間は、目に見えません。
しかし人は、生きるために時間を知らなければなりませんでした。
そこで人は、空を見上げました。
2 太陽 ― 一年という大きなめぐり
まず目に入るのは太陽です。
毎日昇り、毎日沈む。
しかしよく見ると、日の出の位置は少しずつ動いています。
冬には南寄りから昇り、
夏には北寄りから昇る。
昼の長さも変わります。
やがて人は気づきました。
- 寒い時期がある
- 暖かくなる時期がある
- 暑さが盛りを迎える時期がある
こうして、季節という感覚が生まれます。
二十四節気は、この太陽の運行を基準にしています。
春分、夏至、秋分、冬至。
そこからさらに細かく区切られた節気。
太陽は、
一年という大きな骨組みを与える存在
でした。
これは、いわば「年の暦」です。
3 月 ― ひと月というリズム
しかし一年だけでは、生活は動きません。
もっと細かい単位が必要です。
そこで人は、月を見ました。
満ちる。
欠ける。
消える。
そしてまた生まれる。
この繰り返しは、誰の目にも明らかでした。
約29日半という周期。
ここから「ひと月」という単位が生まれます。
祭りの日。
市の日。
種まきの準備。
月は、
生活のリズムを刻む存在
でした。
これは「月の暦」です。
4 日々をどう区別するか ― 干支の発見
一年と一か月が分かっても、まだ足りません。
今日は昨日とどう違うのか。
そこで登場するのが、干支です。
十干と十二支。
それらを組み合わせた六十干支。
甲子から始まり、六十日で一巡します。
数字で数えるのではなく、
名前で日を呼ぶ。
今日は「寅の日」。
今日は「甲午」。
日々が循環の中に置かれます。
干支は、
日を秩序の中に並べる仕組み
でした。
これは「日の暦」です。
5 夜空の目印 ― 北斗七星
さらに夜の観察も加わります。
北斗七星の斗柄(ひしゃくの柄)は、
季節によって向きが変わります。
これをもとに、中国では「月建」が定められました。
どの月が、どの方角に対応するのか。
どの節気が、どの位置にあたるのか。
北斗七星は、
夜に季節を確認するための目印
だったのです。
6 最初から完成していたわけではない
ここで大切なのは、
これらが最初から一度に整ったわけではない、ということです。
おそらく最初は、
- 太陽の観察
- 月の観察
だけだったでしょう。
やがて干支という抽象的な記号が導入され、
さらに星の観察が理論化される。
知恵は、少しずつ積み重なっていきました。
暦とは、
だんだんと重なっていった観察の層
なのです。
7 では、人は何を決めようとしていたのか
ここで改めて問い直します。
太陽を見て、何を決めたのか。
季節です。
月を見て、何を決めたのか。
月の区切りです。
干支で、何を決めたのか。
日々の循環です。
星を見て、何を決めたのか。
節月の位置です。
つまり人は、
「いつ動くか」
を決めようとしていたのです。
まだこの段階では、
吉も凶もありません。
あるのは、秩序だけです。
8 それでも、人は不安を抱えた
しかし時間が分かっただけでは、
不安は消えません。
種をまいても失敗することがある。
家を建てても崩れることがある。
婚礼の日に雨が降ることもある。
人は考えます。
この日が良くなかったのではないか。
ここから、
時間に意味を与える
という段階が始まります。
ある日は避ける。
ある日は選ぶ。
こうして「選日」という発想が生まれます。
9 この章の位置づけ
本章では、まだ吉凶を語りません。
ここで確認したかったのは、
- 暦は観察から始まったこと
- 太陽・月・干支・星という基盤があること
- まず時間が整えられたこと
です。
この土台があって初めて、
なぜ人は「日を選ぶ」ようになったのか
が見えてきます。
次章では、この時間の上に、
どのように「評価」が重ねられたのかをたどっていきます。
暦は、宇宙の観察から始まりました。
そしてやがて、
人の決断を支える思想へと広がっていきます。
その階段を、ゆっくりと上がっていきましょう。