目次
第3章 十干とは何か
―― 時間に質を与えた思想 ――
1 十干はなぜ生まれたのか
十干(じっかん)とは、
甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸
の十の符号です。
今日では「干支(えと)」の前半部分として知られていますが、もともとは十二支と対になって存在したものではありません。
十干は、より古い段階では、数詞や順序を示す記号として使われていました。
甲は第一、乙は第二…というように、順番を示す符号として用いられていたのです。
しかしそれだけではありません。
十干はやがて、単なる順序記号ではなく、
宇宙の変化を十段階で表す思想体系
へと変化していきました。
ここに十干の本質があります。
2 陰陽五行との結合
十干は、五行思想と結びついたときに、その思想的意味を獲得します。
五行とは、
木・火・土・金・水
の五つの働きです。
これらは物質ではなく、
「運動の型」や「変化の様式」を示す概念でした。
さらにそれぞれが
陽(えらび、外に向かう力)
陰(内に向かう力)
に分かれます。
木(陽)=甲
木(陰)=乙
火(陽)=丙
火(陰)=丁
土(陽)=戊
土(陰)=己
金(陽)=庚
金(陰)=辛
水(陽)=壬
水(陰)=癸
こうして五行×陰陽=10となります。
十干とは、
五行の運動を陰陽のリズムで二分したもの
だったのです。
3 十干は「循環」ではなく「展開」である
十二支が円環構造(ぐるぐる巡る時間)を示すのに対し、
十干は本来、展開構造を持ちます。
甲から癸へは、
芽生え
→ 伸張
→ 発展
→ 固着
→ 成熟
→ 崩壊
→ 更新
→ 再流動
→ 収束
→ 蓄積
という一連の運動の流れとして読むことができます。
十干は、
時間を単なる長さではなく、
質的変化の段階として把握する思想
だったのです。
4 なぜ「十」だったのか
なぜ九ではなく十だったのか。
それは五行が基礎にあったからです。
五行が宇宙の運動モデルであり、それを陰陽で二分したときに十になる。
つまり十干は、
偶然の数ではなく、
宇宙論的必然から生まれた数
だったのです。
十という数は、
一区切り
完結
一巡
を意味する数でもあります。
ここに、十干が時間の単位として採用された理由があります。
5 十干はなぜ時間に使われたのか
ここが重要です。
十干は、もともと時間のために作られたのではありません。
しかし、宇宙の運動を十段階で説明できるなら、
時間にも「質の違い」があると考えるのは自然でした。
今日は甲の日か、乙の日か。
それは単なる順番ではなく、
その日の“気”がどういう性質を持つか
を示す符号になります。
十干は、
時間を均質な連続体から、
性格を持った単位へと変換しました。
ここから選日の思想が準備されます。
6 十干と十二支の出会い
十干だけでは、10日周期です。
十二支だけでは、12日周期です。
この二つを同時に進めると、
最小公倍数は60になります。
甲子
乙丑
丙寅
…
と並び、
60日で再び甲子に戻ります。
ここで初めて、
循環思想(十二支)と
展開思想(十干)が
結合します。
六十干支とは、
時間の質(十干)と時間の区分(十二支)の融合体
なのです。
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7 十干が吉凶の基盤になる理由
第2章で述べたように、選日は「評価の体系」です。
しかし評価を行うには、
まず分類が必要です。
十干はその分類を担いました。
例えば、
木は成長
火は拡大
土は安定
金は収縮
水は流動
という五行的性格は、
建築に向く日
契約に向く日
葬儀に向く日
などの判断へと応用されます。
十干は、
評価の前段階にある“性格付与装置”
だったのです。
8 十干の思想的意味
十干は、
- 変化を段階として捉える思想
- 時間に質を与える枠組み
- 後の選日思想の土台
でした。
それは単なる符号ではなく、
宇宙の運動を人間が理解しようとした痕跡です。
そしてその理解は、
やがて
「この日は吉」
「この日は凶」
という具体的判断へとつながっていきます。
まとめ
十干とは、
五行思想を基盤に、
宇宙の変化を十段階に整理した体系です。
それは、
時間を測る道具ではなく、
時間を理解する枠組みでした。
十二支が巡る円環なら、
十干は進む運動。
この二つが結びついたとき、
六十干支が生まれます。
そしてその上に、
暦注と選日の思想が築かれました。
