春の土用(立夏前の18日間)は、
暦の上で「春の終わり」に置かれた期間です。
けれど、春の終わりは静かに去っていくわけではありません。
むしろこの時期の空は、にぎやかです。
- 風が急に荒くなる
- 空がかすむ
- 雨が増える
- 雷が混じる
- 気温が乱高下する
春の土用の空には、はっきりと
季節の切り替え作業中
という感じがあります。
春の土用は、春の名残を眺める時間ではなく、
空気と天気が「夏へ向けて構造を組み替えている」時間。
それを、昔の暦は雑節として切り出しました。
目次
春の土用の空は「落ち着かない」――それが正解
春の盛りは、
花が咲き、光がやわらかく、気分がほどけます。
でも春土用は違う。
春の土用は、空が落ち着きません。
いや、落ち着かないのが当たり前です。
なぜならここは、季節の“つなぎ目”だから。
気温だけで見れば
- もう夏みたいな日
- まだ春みたいな日
が、交互にやってきます。
空は春を終えようとしているのに、
地面や海はまだ追いついていない。
そのズレが、風を強め、天気を揺らす。
春の土用とは、そうした
ズレを調整する時間
でもあります。
黄砂(こうさ)――春の土用に出やすい「空の砂」
春の土用の空を語るなら、黄砂は外せません。
黄砂が来ると、空が一気に
「遠くの大陸とつながっている」
と感じさせます。
晴れているのに、青が薄い。
空が白く濁る。
夕日が赤く鈍い。
黄砂は、地上の事件というより、
空の事件です。
そしてこの時期に黄砂が起こるという事実は、
春の土用が単なる「春の終わり」ではなく、
大気の循環が大きく変わる時期
だということを示しています。
暦の土用は、地面の言葉のように見えて、
実は空の言葉でもあるのです。
春嵐(はるあらし)――「春の終わり」を乱暴に告げる風
春の終盤は、ときどき急に荒れます。
爆弾低気圧、突風、強風、横殴りの雨。
ニュースでは「春の嵐」と呼ばれますが、
暦の感覚で見れば、
春嵐は、春が終わりかけている証拠
でもあります。
春の初めの風(東風・こち)は、季節の始まり。
春の終わりの風(春嵐)は、季節の引き渡し。
同じ「風」なのに、役割が違う。
春の土用の空は、
この“風の意味の転換”が起こる場所です。
雨が増える――梅雨の入口はすでに始まっている
春の土用のころ、「雨が増えた」と感じる人は多いと思います。
気まぐれな夕立のような雨。
短時間でざっと降ってやむ雨。
これもまた、季節の切り替えです。
梅雨入りはまだ先でも、
空はもう「湿り気の季節」の準備を始めています。
- 空気が重くなる
- 雲が低くなる
- 晴れの質が変わる
春の土用は、
乾いた春から湿った夏へ向かう過程の入口です。
雷(かみなり)――夏の気配が音として聞こえる
雷は夏のもの、という印象があります。
でも、春の終盤にも雷は混じります。
春の雷は、どこか“軽い”。
まだ本番ではない感じがある。
けれどその軽さこそが重要です。
空が言っているんです。
もう夏の機構が動き始めている
と。
春の土用に雷が鳴ると、
季節が「夏を試運転」しているのがわかります。
そしてこの試運転の時間こそ、
暦でいう「土用」の本質かもしれません。
空の変化は、暮らしの段取りを変える
昔の人にとって、空の変化は直結していました。
- 雨が増える→田畑の段取り
- 風が強い→屋根・納屋・火の管理
- 雷が増える→山仕事・海仕事の判断
- 空のかすみ→視界・距離感の変化
空が変わると、暮らしを変えなければならない。
だから暦は、空の変化を
「この時期だ」
と枠に入れて、反復可能な知恵にした。
春の土用の空の荒さは、
生活側から見れば「危険」や「不安定」ですが、
暦側から見れば、はっきりした合図です。
春は終わる
夏は近い
準備せよ
と。
まとめ:春の土用は「空が夏へ切り替わる途中」
春の土用は、春の終盤に置かれた雑節です。
そしてこの時期の空は、
穏やかではなく、むしろ揺れます。
- 黄砂で空が白む
- 春嵐で風が暴れる
- 雨が増える
- 雷が混じる
これらはすべて、
空が夏へ切り替わっていく途中で起こる“しるし”です。
春の土用とは、
季節の変わり目を静かに眺めるのではなく、
切り替わる瞬間のノイズごと記録した暦
なのかもしれません。
ひとこと
ここまで、春の土用を
① 基礎(春土用とは)
② 食(よもぎ・小豆・土用餅)
③ 農(田植え前夜・土と水)
④ 空(黄砂・春嵐・雷)
と深堀りしてきました。
次はまとめとして、
「春の土用は現代の暮らしにどう役立つか」
――体調・暮らし・片付け・季節の整え、という視点で
現代版・春の土用の過ごし方に接続しても面白いと思います。


春の土用の深堀記事はほかにもあります。



