春の土用(立夏前の18日間)は、
「土用=うなぎ」という有名な連想から、少し外れたところにあります。
だからこそ、春の土用は――
行事として派手に目立つのではなく、暮らしの中でひっそりと
食べて整える
という形で残ってきたのだと思います。
春の終盤は、気温も気圧も揺れます。
- 朝晩は冷えるのに、日中は汗ばむ
- 風はまだ春なのに、日差しは初夏
- 雨が増え、空気が湿る
- 知らないうちに身体がだるい
季節の変化が大きいときほど、
体は「食べ物」で調子を合わせようとします。
春の土用の食をたどると、
そこにあるのは豪華なご馳走よりも、
季節の変わり目を無理なく越えるための、やさしい選択です。
目次
春土用の食は「夏に向けて整える食」
春の土用は、春の終わり。
そして立夏の直前です。
つまり、これから先は
- 暑さ
- 湿気
- 汗
- 食欲の揺れ
が本格化していきます。
春の土用の食のキーワードは、
「元気をつける」よりもむしろ、
疲れを残さない/胃腸を守る/季節の苦味で整える
に近い。
この「整える」方向性が、
春の土用の食の魅力です。
よもぎ(蓬)――春の香りは、薬草の香り
春の食といえば、山菜。
その代表格が、よもぎです。
よもぎは、
- 草餅(よもぎ餅)
- よもぎ団子
などに姿を変えて、昔から食べられてきました。
味や香りに独特のクセがありますが、
それを「季節の味」として楽しむ文化は、
まさに暦的です。
よもぎの香りには、春の終盤の空気が混じっています。
柔らかい草の匂い。
土が温み始める匂い。
湿り気を帯びる風。
よもぎは単なる食材ではなく、
春の終わりを食べる
という感覚そのものかもしれません。
小豆(あずき)――「祓う」食の代表選手
春の土用を語るとき、もう一つ外せないのが 小豆 です。
赤い色は、古来「邪気を払う」とされ、
小豆は節目の食に繰り返し登場します。
- おはぎ(彼岸)
- ぜんざい
- 赤飯
- 土用餅
ここで重要なのは、
小豆が“特別な日”の食であるのと同時に、
季節の切り替えを越えるための食でもあるという点です。
春の土用は、目に見えない変化が大きい期間です。
だからこそ「整える」「祓う」という発想が、
食の側に現れてきたのでしょう。
土用餅(どようもち)――春の土用にもっと似合うかもしれない
「土用餅」という言葉を聞くと、
夏土用のイメージが先に来ます。
けれど、春土用に当てはめてみると、
この食べ物が意外にしっくりきます。
春の終盤は、年度の区切りや生活の変化も重なり、
知らないうちに疲れがたまります。
それを
甘味(糖)+穀物(餅)+小豆
でやさしく支える。
土用餅は、季節の節目に
無理なく自分を立て直す食でもあります。
土用という暦は、
「頑張れ」と言うのではなく、
「まず整えよう」と言っているような気がします。
柏餅(かしわもち)と春の土用――“家”の継承が近づく季節
春の土用の時期は、立夏の直前。
つまり、端午の節句(5月5日)とも近いところにあります。
端午の節句といえば柏餅。
柏の葉は、新芽が出るまで古い葉が落ちないことから、
家が途切れず続く
という象徴性をもつとされます。
春から夏へ向かう季節は、
自然界の成長が一気に加速する時期です。
柏餅の意味も、単なる縁起ではなく、
季節の生命力の高まりを背景にした文化と考えると、ぐっと腑に落ちます。
春の土用は「季節の縁側」です。
そこで食べる柏餅は、
春の終盤の空気とよく合っています。
春の旬を“軽く食べる”という知恵
春の土用の食は、「何か特別なものを食べよ」というよりも、
むしろ
旬を軽く食べて、季節を越える
という方向にあるように思います。
春の終盤は、
- 山菜
- 豆
- 新じゃが
- 新玉ねぎ
など、香りと甘みの強い食材が多い。
その一方、体は冬の名残を引きずっている。
だから、
- こってりしたものを増やす
ではなく - 春の香りを、身体に入れて整える
という選択が、自然に生まれたのでしょう。
まとめ:春の土用の食は「春を締めて夏へ渡す」食
春の土用(立夏前18日間)の食は、
派手な行事食というよりも、
- よもぎの香り
- 小豆の祓い
- 土用餅の甘味
- 柏餅の季節感
といった形で、
暮らしの中に静かに入り込んでいます。
春が終わると、
季節は一気に「夏の気配」をまとい始めます。
その前に、食で整える。
春の土用とは、そういう
季節の橋を渡るための味
を残してきた期間だったのかもしれません。
ひとこと
春の土用の食は、身体を整える知恵でした。
では「土用」という言葉が示す “土” の意味は、
暮らしの中でどんな形を取っていたのでしょう。
春の土用を 農の暦 として読み直し、
「田植え前夜の土」へ視点を移してみたいと思います。


春の土用の深堀記事はほかにもあります。



