雪下出麦(ゆきわたりてむぎいづる)— 雪の下から、麦が芽吹く —
🌾 自然 ― 雪の大地に芽吹く生命の兆し
冬至の末候「雪下出麦(ゆきわたりてむぎいづる)」は、雪の下で麦が芽を出し、わずかな陽光を受けて成長を始める頃を意味します。
新暦ではおおよそ1月1日から5日ごろ。
太陽黄経はおよそ280度、年が改まり、新しい暦が始まる時期です。
地表はまだ厚い雪に覆われ、寒さは一年で最も厳しい。それでも、地中では確実に命が動き始めています。
雪は冷たさの象徴であると同時に、乾燥を防ぐ“天然の布団”。
その下では麦の芽が凍ることなく、春に備えてゆっくりと力を蓄えています。
静寂と寒気に包まれた大地の底で、確かな息吹が育まれている――
それが「雪下出麦」の世界です。
【冬至】 (とうじ)
昼が一年中で一番短くなる
月:十一月中 太陽黄経:270°

末候 雪下出麦
(ゆきわたりてむぎいづる)
雪の下で麦が芽を出す
🏡 暮らし ― 新年の始まりと、祈りの季節
冬至を過ぎ、年が明けると人々の暮らしも新しいサイクルに入ります。
門松やしめ縄を飾り、初詣で新年の安全と豊穣を祈る。
凍てついた空気の中にも、どこか清らかで張り詰めた“新年の気”が漂います。
この頃、農家では麦踏みの準備が始まります。
冬麦(ふゆむぎ)は寒の間に強く根を張る作物。
雪が解けた頃に踏み固めることで、春先に倒れにくく、丈夫な穂を実らせるといわれます。
厳しい冬を乗り越えるための“人と自然の知恵”が、ここにも息づいています。
家庭では、おせち料理や雑煮を囲み、家族の健康と一年の実りを願うひととき。
白いご飯や小豆粥、年明けうどん――
穀物の恵みをいただく食文化が、麦の芽吹きと重なります。
寒さの中にも確かな再生の兆しが感じられる、そんな希望の季節が、この「雪下出麦」です。
🍊 旬 ― 厳冬の甘み、命を支える食卓
雪下出麦の頃、冬の味覚は一段と深みを増します。
野菜では、大根、白菜、かぶ、ほうれん草などが甘さを極め、寒さによって養分を蓄えた「寒野菜」は栄養豊富。
“雪の下野菜”と呼ばれるものもあり、雪に覆われることで凍らずに旨みが凝縮します。
魚介では、タラ、ブリ、アンコウ、ズワイガニが旬。
特に寒ブリや白子(タラの精巣)は、この時期ならではのごちそうです。
果物では、みかんやりんごが旬を保ち、保存の利く柑橘や干し柿が冬の常備品として活躍します。
また、小麦・大麦を使った料理――うどん、すいとん、麦粥――も、
この時期に食べられることが多く、“麦の芽吹きにあやかる”という願いがこめられています。
寒の中で生まれる滋味は、まさに「命をつなぐ食卓」です。
📖 文化 ― 雪と麦、生命の象徴
「雪下出麦」という言葉には、古来より“再生”の意味が込められています。
雪の下で生き続ける麦は、やがて春に青々と芽吹き、秋には実りをもたらす――その循環はまさに“生命の連鎖”。
古代日本では、麦は五穀のひとつとして重視され、冬至から正月にかけての行事にも深く関わってきました。
神事や年越しの祭りでは、麦飯や麦粥が供えられ、「春への願い」を象徴する食として信仰されていたのです。
文学や俳句の世界でも、この候は希望の象徴として詠まれました。
「雪の下 麦の芽出づる 明日かな」――
白一色の世界に小さな命の色がのぞく、その瞬間を描いた名句。
静寂と希望が交わる、日本的な美の頂点といえるでしょう。
🗓 暦 ― 太陽黄経280度、新年とともに芽吹く
太陽黄経280度。冬至を越えて5日ほど、わずかに陽の光が長くなり始めます。
とはいえ寒さは厳しく、各地で“真冬日”が続く頃です。
夜明けの遅さと夕暮れの早さに冬の深さを感じつつも、日差しの角度にはほんの少しの「春の気配」。
それは自然のリズムが再び動き出した合図です。
農耕暦では、この候を境に「寒」の時期へ入り、麦や菜種など越冬作物の管理が始まります。
新しい年とともに、大地もまた次の命の支度を始める――
そんな時間の流れが感じられる節目です。
💬 ひとこと
雪の下に、見えない命が息づいている。
それは、私たちの心の奥にも似ています。
寒さの中でじっと耐え、やがて訪れる春に向けて静かに力を蓄える。
見えないところで育まれるものこそ、真に強く、美しいものなのかもしれません。
雪下出麦――それは、冬の底で芽吹く希望のことばです。
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