目次
❄ 自然 ― 大地が静かに息を止めるころ
立冬の次候「地始凍(ちはじめてこおる)」は、大地の表面がうっすらと凍り始める時期を意味します。
旧暦では霜月の中ごろ、新暦では11月12日ごろから16日ごろ。
太陽黄経はおよそ230度、朝の冷え込みが一段と増し、田畑の畦や路肩の水たまりが白く凍る光景が見られます。
空気は張りつめ、夜明け前の吐息が白く漂う季節。
霜が降りた草の葉は、朝日に照らされてきらめき、冬の静寂のなかに小さな命の気配を感じさせます。
地面の凍りつきは、土の中の微生物や虫たちが眠りにつく合図。
自然界は凍てつきながらも、来春に向けての準備を始めているのです。
【立冬】 (りっとう)
冬の気配が感じられる 月: 十月節 太陽黄経:225°

次候 地始凍
(ちはじめてこおる)
大地が凍り始める
🏠 暮らし ― 冬支度を整え、ぬくもりを重ねる季節
この頃、家々では本格的な冬支度が進みます。
暖房器具の点検、こたつ布団の洗濯、灯油の買い置きなど、寒さとともに「備える」暮らしのリズムが整います。
農村では、晩秋の作業が終盤を迎えます。
畑では白菜や大根を収穫し、保存用に土に埋めたり、干し野菜や漬物の仕込みも盛んに行われます。
特に「たくあん漬け」や「白菜漬け」は、この時期の風物詩として今も多くの家庭に受け継がれています。
北国では、初雪の便りが届く頃。
冬囲いや雪かき道具の準備が始まり、「長い冬への覚悟」が少しずつ現実味を帯びてきます。
朝晩の寒さの中で、湯気の立つお茶や味噌汁の温かさが心まで包み込む――そんな「ぬくもりを感じる日常」が、立冬・次候の暮らしの風景です。


🍠 旬 ― 凍てつく空気が育てる旨み
地始凍の頃、食材たちは寒さによって甘みを増します。
大根や白菜、かぶ、春菊、ほうれん草などの冬野菜は、夜の冷え込みによって糖分を蓄え、
煮物や鍋料理に最適な味わいに変わっていきます。
この時期に旬を迎えるのが「さつまいも」。
新芋が落ち着き、甘みがぐっと深まります。
焼き芋や大学芋など、素朴な甘さが恋しくなる季節です。
魚では、ブリやカレイ、タラなどが脂をたっぷりと蓄え、「寒ブリ」「寒カレイ」と呼ばれる冬の味覚が出始めます。
寒さが魚の身を引き締め、旨みを閉じ込める――
これもまた、冬の自然が生み出す恵みです。
果物はみかん、ゆず、かき、りんごが中心。
こたつで食べるみかんの甘酸っぱさは、まさに日本の冬の象徴的な光景といえるでしょう。
📖 文化 ― 凍る大地に映る心の静けさ
「地始凍」は、自然の静寂をそのまま詩や絵に映したような候です。
古来より、日本人はこの“静けさの中にある美”を尊びました。
俳句や和歌では、「氷る」「霜」「寒土」などの言葉が季語として用いられ、冬の到来を象徴する情景として詠まれました。
例えば、「霜柱 ふむ音冴ゆる 朝の道」――
凍てついた土を踏む音さえ、冬の訪れを告げる調べです。
また、農村の歳時記には「寒仕込み」という言葉があります。
味噌、醤油、日本酒など、発酵に関わる作業を冬に行うのは、雑菌の繁殖が少なく、安定した環境を保てるから。
凍る大地の下では、生命が眠り、その上で人は静かに新しい季節への準備を始めているのです。
🗓 暦 ― 太陽と大地のリズム
太陽黄経は230度前後。日暮れはさらに早まり、東京では日の入りが16時35分ごろ。
朝の最低気温は5℃前後まで下がる日もあり、霜柱や薄氷(うすらい)が見られるようになります。
この候の期間は、立冬から約10日。
次の末候「金盞香(きんせんかさく)」へと移る前の、“冬の静けさの定着期”といえるでしょう。
日照時間の短さ、空気の乾燥、そして澄み切った星空。
どれもが「冬の定義」を形づくる要素であり、暦の上でも一年の節目を深めていく大切な時期です。
💬 ひとこと
地が凍り始めるという言葉には、ただ寒さを表す以上の「時間の止まり方」が感じられます。
音も匂いも薄れていくような静寂のなかで、人の心も少しだけ深呼吸をする季節。
春に向けて眠りにつく自然の姿に、私たちは無意識のうちに安心感を覚えるのかもしれません。
「地始凍」は、冬の厳しさの中にある“やさしい静けさ”の季節です。
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