「夏も近づく八十八夜――」
そんな歌を思い出す人も多いでしょう。
八十八夜(はちじゅうはちや)は、雑節のひとつ。
二十四節気のように天体の角度(太陽黄経)で定まるわけではありませんが、実はとても理にかなっています。
というのも、八十八夜は
立春から数えて88日目
という、わかりやすい「季節の距離感」で決められているからです。
春の始まりから、88日。
冬の名残がすっかり引き、季節が夏へ向けて大きく舵を切る――
そこに、暦は「節目の名前」を置きました。
目次
■ 八十八夜とは何か|暦が置いた「春の終わりの合図」
八十八夜は、春の終盤に訪れる“合図”です。
- 春が終わり
- 夏の気配が強まり
- 農の仕事が本格化し
- 天候が安定に向かっていく
つまり八十八夜は、単なる記念日ではなく
生活のスイッチを入れるための日
でした。
暦の言葉は、季節を説明するためにあるのではなく、
季節に合わせて生きるための知恵として用意されてきたものです。
八十八夜は、その代表格ですね。
■ 「八十八」という数の意味|“縁起”と“季節の感覚”が両立している
八十八夜が面白いのは、数の選び方です。
「八」という字は末広がりで縁起が良い。
それが二つ並ぶ「八十八」は、さらに良い。
加えて、「米」という字を分けると「八十八」になる――
そんな語呂合わせもあり、農の世界では特別視されてきました。
でも、ただの縁起担ぎではありません。
立春から88日目という設定は、
寒さが十分ゆるみ、霜の心配が減り、土が働き始める頃合いにぴたりと合う。
だからこそ、八十八夜は全国で定着したのでしょう。
■ 八十八夜の季節感|「別れ霜」という言葉が示す現実
八十八夜には、よく知られた言い回しがあります。
八十八夜の別れ霜
霜が降りなくなる(降りにくくなる)目安の日。
もちろん自然は年ごとに違います。
それでも、暦が「霜の危険が薄れる頃」と示す意味は大きい。
この合図があるから、
- 種まき
- 苗づくり
- 畑仕事の加速
- 野外作業の本格化
へ移れる。
八十八夜は、自然に向けて「もう大丈夫」と言う日ではなく、
人間が自然に向けて“踏み出す覚悟”を決める日
だったのだと思います。
■ 八十八夜と新茶|「旬」を味にした文化
八十八夜といえば、新茶。
この時期は茶の新芽が伸び、
最初に摘む「一番茶」の季節に重なります。
八十八夜摘みの新茶を飲むと長生きする、無病息災――
そうした言い伝えがあるのも、自然です。
なぜなら、新茶は
- 冬を越した生命力
- 春の光と雨
- 初夏の香り
その全部を“飲む形”にしたものだから。
八十八夜とは、
春の季節感が「香り」になり、
暮らしの中に入ってくる瞬間でもあるのです。
■ 現代の八十八夜|私たちにとっての“春の終業式”
では今、八十八夜は何の役に立つのか。
天気予報もあるし、気温も湿度も数値で分かる。
農作業をしない人も多い。
それでも、八十八夜は残っています。
なぜか。
それは、私たちが今もなお、
季節の切り替えに迷うからです。
春の疲れが溜まりやすく、
初夏の陽気に身体が追いつかない。
何となくソワソワするのに、だるい。
八十八夜は、そんな時期に
「春は、ここで一区切りです」
と告げてくれる暦の言葉です。
言い換えれば――
春の終業式のような雑節
春を終える。
夏へ渡す。
季節の流れを、自分の暮らしの中に取り戻す。
八十八夜は、そんな“整えの一日”として、今でも十分に効きます。
■ 結び|暦が残した、春から夏への橋
立春から数えて88日。
春の入口から、夏の入口までの“距離”を、暦は数で表しました。
二十四節気が天文で季節を刻むなら、
八十八夜は生活の感覚で季節を刻む。
その違いが、雑節の面白さです。
春を味わい尽くしたい人にも、
夏に向けて整えたい人にも。
八十八夜は、
静かに効く暦の言葉だと思います。

