目次
1.冬の底で咲く、蕗(ふき)の不思議
一年のうちで最も寒い時期──大寒。
その初候「款冬華(ふきのはなさく)」は、雪の下で密かに顔を出す 蕗の花(=蕗の薹 ふきのとう) を指します。
蕗は、春の山菜という印象が強い植物ですが、
実は 花が咲くのは「真冬」。
葉より先に花茎を伸ばし、雪を割って黄色い花穂をのぞかせる姿は、冬の厳しさと、春への気配が重なる象徴的な景色です。
昔の人々は、この一瞬の芽生えを見逃さず季節の指標として暦に取り込みました。
寒中にふと現れる“生命の灯り”こそ、款冬華という候が伝えたかった季節感です。
2.蕗の薹の仕組み ― 葉より「花」が先に出る
蕗が冬に花を咲かせるのは、植物の戦略によるものです。
- 地中の地下茎に栄養を蓄える
- 春が来る前にいち早く花を咲かせ、虫の少ない時期でも受粉・結実を済ませる
- その後に大きな葉を広げて光合成し、再び栄養を貯めこむ
つまり蕗は「冬に一度勝負をする」植物。
花を咲かせるタイミングは、他の植物がまだ眠っている時期を選んでいます。
雪の下のわずかな温度差や湿り気を感じ取り、命を動かすこの早起きの習性が、款冬華という候名の背景にあります。
3.文化の中の蕗 ― 春を告げる味と語感
日本では古くから、蕗の薹は早春の味覚の象徴でした。
- 天ぷら
- 蕗味噌
- 和えもの
独特のほろ苦さは、“春の苦みは体を目覚めさせる”とされ、養生の視点からも好まれてきました。
また、俳句・短歌では 「蕗の薹」 は春の季語。
しかし候では大寒に位置づけられ、暦のうえでは「冬の終わりを照らす灯り」として扱われています。
暦と文学で季節感の捉え方が少し異なる──
そこに日本文化の豊かさが感じられます。
(※深掘り記事の原則として、有名句を除く俳句は掲載しません)
4.中国との違い ― 款冬という薬草
七十二候は中国が起源ですが、「款冬華」は 中国でも薬草として親しまれた植物を指しています。
中国の款冬(かんとう)は、咳止めなどに使われる生薬。
日本へ伝わる過程で、日本に身近な蕗の薹のイメージへと読み替えられました。
こうした“暦の読み替え”は、七十二候が日本の自然・生活に馴染んだ大きな理由の一つです。
5.現代の私たちにとっての「蕗の薹が咲く頃」
生活が都市化して季節を体感しにくくなった現代でも、
蕗の薹は「春の入口」を知らせてくれる存在です。
- 寒さの底を抜けるタイミングが近い
- 日差しにやわらかさが戻る
- 山里に春を告げる使者が動き始める
春を待つ気持ちをそっと後押ししてくれる、季節の小さなシグナルです。

