目次
自然 ― 秋の虫たちが静かに姿を消すころ
秋分を過ぎると、昼と夜の長さがほぼ同じになり、朝夕の冷え込みが日ごとに強まっていきます。
夜の田畑や草むらに耳を澄ませば、これまで盛んに鳴いていた虫たちの声が、次第に弱まり、やがて聞こえなくなります。
コオロギやスズムシ、キリギリスといった虫たちは、冬を越す卵を残し、自らは静かに土の下に身を隠す季節を迎えるのです。
「蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)」とは、まさにこの自然の営みを示す言葉。
虫が扉を閉ざすようにして姿を消す様子は、秋の深まりを象徴しています。
【秋分】(しゅうぶん) 月: 八月中 太陽黄経:180°
太陽が真東から昇って真西に沈み、昼夜がほぼ等しくなる

次候 蟄虫坏戸
(むしかくれてとをふさぐ)
虫が土中に掘った穴をふさぐ
暮らし ― 収穫と冬支度の始まり
この時期の農村では、稲刈りが本格化し、黄金色の田んぼが広がります。
刈り取った稲を天日に干す「稲架(はざ)」が並び、秋晴れの空に映える光景は日本の原風景ともいえるものです。
同時に、農家では冬に備えて野菜の収穫や保存食づくりも進められます。
漬物の仕込み、干し柿や切り干し大根の準備など、家の軒先や庭先がにぎやかになるのも、この時期ならではの暮らしの風景です。
都市部でも、衣替えを意識する時期。昼間はまだ汗ばむことがあるものの、朝夕の肌寒さに軽い上着を手に取る人が増えます。生活そのものが「夏から秋へ」移り変わっていく節目なのです。
旬 ― 秋の実りが充実する
食卓には秋の味覚が一段と豊かに並びます。
新米の炊きたての香りに、採れたての栗を添えた栗ご飯。里芋やサツマイモもほくほくと甘みを増し、煮物や汁物に最適です。
果物では、梨やぶどうがピークを迎え、りんごも早生品種が出回り始めます。イチジクも甘みを増し、ジャムやワイン煮などに加工されることも多くなります。
ふるさと納税の返礼品でも、この時期は「秋の詰め合わせ」が人気。
ぶどうのシャインマスカットやピオーネ、果汁たっぷりの二十世紀梨や豊水梨などが、産地直送で届くのはこの季節ならではの贅沢です。


文化 ― 虫の音と文学
「虫の声を楽しむ文化」は、日本独自のものといわれます。西洋では虫の音は騒音として扱われることが多いのに対し、日本では古来より和歌や俳句に詠まれ、秋の風情を彩る重要な要素でした。
『源氏物語』や『枕草子』にも虫の声を愛でる描写があり、江戸時代には虫売りが庶民の暮らしを彩りました。「鈴虫や その声ごとに 秋ぞふかし」(松尾芭蕉)といった俳句に触れると、虫の音が消えていく寂しさがいっそう心に響きます。
暦 ― 天文現象と月の動き
秋分のころは、夜が長くなり星空観察にも適した季節です。南の空にペガススの四辺形が姿を現し、東には冬の星座の先ぶれであるおうし座が昇り始めます。
また、この時期は中秋の名月と重なることが多く、月を愛でる行事が盛んです。
十五夜を過ぎれば、十六夜(いざよい)、立待月、居待月、寝待月と、月の出を待つ風習が続きます。虫の声が消えた夜空に、静かに輝く月を眺めるひとときは、秋ならではの情緒です。
ひとこと
虫の声が途絶える夜は、静けさの中に一抹の寂しさを感じます。
けれども、その静けさこそが秋の深まりの証。
空を見上げれば、冴え冴えとした月が寄り添い、季節の移ろいをそっと照らしてくれます。
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