神籬(ひもろぎ)・磐座(いわくら)とは|社殿以前の祈りの場所

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神を祀るために、建物は必要だったのか

現在、神社へ参拝すると、その中心には本殿や拝殿があります。

そのため私たちは、

神を祀る場所=社殿

と考えがちです。

しかし、日本の神祀りの歴史をたどっていくと、必ずしも最初から恒久的な建物が必要だったわけではないことが見えてきます。

神を迎える。

神に供え物をする。

そして祈る。

そのために、一定の場所を清め、日常とは異なる空間を設ける。

そうした神祀りを考えるときに重要な言葉が、

神籬(ひもろぎ)

そして

磐座(いわくら)

です。

この二つは、現在の神社の姿よりも古い祈りのあり方を考える手掛かりになります。


神籬とは何か

神籬は「ひもろぎ」と読みます。

現在の祭祀でも神籬を見ることがあります。

神社本庁は神籬について、臨時に設けられる、神を迎える対象と説明しています。

現代では、青竹などを四隅に立て、注連縄を巡らし、中央の榊に御幣を付けて神を迎える形がよく用いられます。地鎮祭などで目にすることのできる姿です。

ここで重要なのは、

神籬そのものが神社という建物なのではない

ということです。

そこは、祭祀にあたって神を迎えるために設けられる場所・依代です。

つまり、恒久的な本殿がなくても、神を迎え、祈りを捧げることができる。

この考え方は、日本の神祀りの古い姿を考えるうえで非常に重要です。

神式の清祓いのための仮設祭壇と神職


「神を迎える」という考え方

ここで、前の記事「八百万の神とは」で考えたことがつながります。

神は必ずしも、一つの建物の中に常に存在するものとしてだけ考えられてきたわけではありません。

祭祀のとき、神を迎える。

そのために場所を整える。

清浄な空間をつくる。

そして神を迎えるためのものを設ける。

神籬は、その考え方を現在まで伝えるものの一つといえます。

神社本庁は、玉串についても、神を迎え祭る際に神を依りつかせる対象である神籬との関連を説明しています。

ここから見えてくるのは、

建物より先に「神を迎える場」という発想がある

ということです。


磐座とは何か

もう一つが、

磐座(いわくら)

です。

「磐」は大きな岩、「座」は座する場所を連想させます。

一般には、岩石や岩場など、神が鎮まる場所、神を迎える場所として神聖視されたものを磐座と呼びます。

各地の神社を訪れると、境内やその背後の山などに、注連縄を張った巨大な岩を見ることがあります。

こうした岩が「磐座」と呼ばれている例があります。

しかし、ここでは一つ注意しておきたいことがあります。

古い岩があるから、それが古代からの磐座だったとは限りません。

岩そのものの年代と、人間がその岩を祭祀の対象・場所として利用した年代は別の問題だからです。

考古学的に古代祭祀との関係を考える場合には、岩だけではなく、その周囲から発見される遺物や遺構なども含めて検討する必要があります。

このシリーズでは、「大きな岩=古代の磐座」と安易に結び付けないようにします。

與喜天満神社の磐座

與喜天満神社 (奈良県桜井市)


神籬と磐座は同じものなのか

神籬と磐座は、社殿以前の祭祀を説明するときに並べて紹介されることがあります。

しかし、まったく同じものではありません。

整理すると、イメージしやすくなります。

神籬磐座
読みひもろぎいわくら
主な姿榊などを用いて設ける祭祀の場・依代岩・岩場など
性格神を迎えるために設けることができる特定の自然物・場所と結び付く
現在地鎮祭などにも残る神社境内・山中などに見られる
共通点社殿そのものを必要としない神祀りを考える手掛かり社殿そのものを必要としない神祀りを考える手掛かり

この違いは重要です。

神籬には、

祭祀のために「設ける」

という性格が強くあります。

一方、磐座には、

もともとそこにある自然の岩・場所が神聖な意味を持つ

という性格があります。

この二つを見るだけでも、日本の神祀りには、

人が整える祈りの場所

自然の中に見いだされる祈りの場所

という二つの方向があったことが見えてきます。

神社の大岩


岩は、なぜ特別な場所になったのか

では、なぜ岩なのでしょうか。

巨大な岩は、人間よりもはるかに大きく、人の力では容易に動かせません。

何世代にもわたって同じ場所に存在します。

山中の巨大な岩や、特徴的な形をした岩を前にした古代の人々が、そこに何らかの特別な意味を感じたとしても不思議ではありません。

ただし、

「古代人は巨大な岩を見れば神だと思った」

と断定することはできません。

重要なのは、その岩が人々によってどのように扱われたのかです。

周辺に祭祀に関係すると考えられる遺物が残されているのか。

後世の文献や伝承に何が残されているのか。

現在まで祭祀が続いているのか。

こうした複数の手掛かりを重ねて考える必要があります。


神籬は現在にも残っている

一方、神籬は過去の遺物ではありません。

現在でも、地鎮祭など神社の社殿から離れた場所で祭祀を行う場合に設けられます。神社本庁も、現代の神籬について、青竹・注連縄・榊・御幣などを用いる形を紹介しています。

ここは非常に興味深いところです。

神社には立派な社殿があります。

それでも、祭祀によっては別の場所に神籬を設け、そこで神を迎えることができます。

つまり、

社殿が成立したから、社殿以前につながる祭祀の考え方がすべて消えたわけではない

ということです。

古い形が完全に新しい形へ置き換わるのではなく、異なる祭祀の形が重なりながら現在まで続いている。

これは、日本の神祀りを見るうえで大切な視点です。


「依代」という考え方

神籬を理解すると、もう一つ重要な言葉が出てきます。

依代(よりしろ)

です。

神を迎える際、その神霊が依りつくものを指す言葉です。

神社本庁も玉串について、神籬と同様に神霊を迎える依代としての性格を説明しています。

榊。

木。

岩。

あるいは、その祭祀のために整えられた場所。

ここから日本の神祀りを見ると、

神を建物の中だけに限定して考えない

という特徴が、さらに分かりやすくなります。

そしてこの「依代」という考え方は、後に御神木や神体山などを考える際にも重要になります。


では、社殿はなぜ生まれたのか

ここで新しい疑問が生まれます。

神籬を設ければ神を迎えることができる。

岩や山など特定の自然の場所でも祭祀を行うことができる。

それなら、

なぜ人々は、やがて社殿を建てるようになったのでしょうか。

これは「神社の原点」を考えるうえで非常に大きな問題です。

祭祀が繰り返される。

特定の場所が神聖な場所として定まる。

そこを維持する。

祭祀を継続する人々が現れる。

そして、恒久的な祭祀施設が整えられていく。

神社本庁も、自然の中に神を見いだして祀るようになり、やがて祭りを行う場所に建物が設けられ、今日の神社へつながったと説明しています。

ただし、全国の神社が一つの過程をたどって成立したわけではありません。

神社の成立には、地域、時代、祭神、政治や社会など、さまざまな条件が関係しています。

この問題は、第1部の後半で改めて詳しく扱います。


「場所」には、さらに違いがある

ここまで来ると、もう一つの存在が見えてきます。

それが、

神奈備(かんなび)

です。

神籬では、祭祀のために神を迎える場を設ける。

磐座では、岩という自然の場所が特別な意味を持つ。

では、

山そのものが神聖な場所とされた場合はどうでしょうか。

その代表的な言葉の一つが神奈備です。

そして、その具体的な姿を考えるうえで重要になるのが、奈良県の三輪山です。

三輪山では現在も、山と祭祀との非常に深い関係を見ることができます。

ここまで進むと、

神籬 → 磐座 → 神奈備 → 三輪山

と、「祈りの場所」のスケールが次第に大きくなっていきます。

一本の木や岩から、やがて山そのものへ。

次は、その世界へ進みます。


そして暦へ

神籬や磐座は、まず**「どこで祈るのか」**という問題です。

しかし祭祀には、もう一つ必要なものがあります。

「いつ祈るのか」

です。

春に祈る。

秋に感謝する。

一定の日に神を迎える。

毎年祭りを繰り返す。

祈りの場所が定まれば、そこにはやがて祈りの「時」も生まれます。

國學院大學博物館は、7世紀後半になると、農耕の祭りを中心として神道祭祀の制度が整えられたと説明しています。

つまり、後の時代になるほど、

場所

時間

の双方が祭祀の中で明確になっていきます。

ここに、やがて「神社と暦」が交わる場所が見えてきます。


まとめ ― 社殿がなくても、祈りの場所はつくれる

神社の原点を考えるとき、現在の本殿や拝殿だけを見ていては、その前にあった祈りの姿を見落としてしまいます。

神籬は、神を迎えるために設けられる場所・依代。

磐座は、岩や岩場など自然の中の特別な場所と結び付いた神祀りを考える手掛かりです。

両者は同じものではありません。

しかし、そこには一つの共通する姿があります。

神を祀るために、必ずしも恒久的な建物を必要としない。

人々は場所を清め、神を迎え、祈りました。

あるいは、自然の中にある特別な場所で祈りました。

そして、その祈りが長い時間をかけて積み重ねられていきます。

社殿が建てられるようになっても、その古い考え方がすべて失われたわけではありません。

現在でも神籬を設けて行われる祭祀があります。

そして、神社の境内や山中には、今なお磐座と呼ばれる岩を見ることがあります。

建物より先に、祈る場所があった。

神社の原点をたどるうえで、これは大切な手掛かりです。

そして次は、一つの岩や木からさらに視野を広げ、

山そのものが神聖な場所となる世界

へ進みます。


主な史料・参考資料


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