八百万の神 ― なぜ日本にはこんなに多くの神がいるのか
日本には、古くから**「八百万の神(やおよろずのかみ)」**という言葉があります。
天照大御神、須佐之男命、大国主神など、『古事記』や『日本書紀』には数多くの神々が登場します。
しかし、日本の神々は神話に登場する神だけではありません。
山の神。
海の神。
風の神。
水に関わる神。
稲作に関わる神。
人々の暮らしに関わる神。
日本では、実にさまざまな神々が祀られてきました。神社本庁も、神道の神々には自然物・自然現象を司る神、衣食住や生業を司る神、国土開拓に関わる神などさまざまな神々があり、その多さから「八百万の神々」と呼ばれると説明しています。
では「八百万」とは、いったい何なのでしょうか。

村の鎮守の神様の社
八百万は「800万」という意味なのか
現在の数字で読めば、
八百万=8,000,000
です。
しかし「八百万の神」は、神々を一柱ずつ数えて800万柱いる、という意味ではありません。
國學院大學の平藤喜久子教授も、「八」は数が多いことを示し、「八百万の神」は数え切れないほど多くの神々がいるという意味だと説明しています。
つまり「八百万」とは、
非常に多い。数え切れないほど多い。
という意味を持つ表現と考えればよいでしょう。
ここには、日本の神々の世界を考える大切な特徴があります。
唯一の神だけが存在する世界ではなく、多くの神々が存在する世界です。
『古事記』に描かれた多くの神々
『古事記』は和銅5年(712)に成立した、現存する日本最古の歴史書です。そこには天地の始まりから次々と神々が現れ、国生み、神生み、天岩戸、国譲り、天孫降臨などの物語が語られます。
その神々は、みな同じ役割を持っているわけではありません。
太陽と深く結び付く神。
海に関係する神。
風に関係する神。
農耕に関係する神。
土地に関係する神。
そして、祖先として語られる神。
実に多様です。
國學院大學も、『古事記』について「八百万の神々」が活躍する物語であり、それぞれの神がさまざまな能力や個性を持って描かれていることを紹介しています。
ここから見えてくるのは、単に「神様がたくさんいる」ということだけではありません。
世界のさまざまな働きや現象が、それぞれ異なる神々と結び付けられているのです。
自然そのものが神なのか
「八百万の神」を説明するとき、
日本人は自然のすべてを神として崇拝した。
と説明されることがあります。
大きな意味では、日本の神々と自然との深い関係を表しています。
しかし、少し丁寧に見てみましょう。
神社本庁は、古くから人々が自然の中に人知を超えた力を感じ、山や岩、木、滝などにも神が宿るとして祭りを行うようになったと説明しています。
ここで重要なのは、
自然そのものを神とする場合
だけではないということです。
山を神と考える。
山に神が鎮まると考える。
山を神が現れる場所と考える。
自然現象を神の働きと考える。
これらは似ているようで、必ずしも同じではありません。
ですから、
「日本人は自然なら何でも神だと思っていた」
と一言で説明してしまうと、日本の神観の複雑さが失われてしまいます。
神は自然だけにいるのではない
もう一つ重要な点があります。
八百万の神を「自然神」だけで説明することもできません。
神社で祀られる神々には、自然に関わる神だけではなく、
衣食住に関わる神、
産業・生業に関わる神、
土地を開拓した神、
祖先と関係する神、
歴史上の人物が神として祀られた例などもあります。
つまり日本の「神」という言葉が指す範囲は、非常に広いのです。
この広さこそが、
八百万
という言葉によく表れています。
「神々が集まる」という世界
『古事記』の神話には、もう一つ興味深い姿があります。
神々は、それぞれ別々に存在するだけではありません。
重要な出来事が起こると、多くの神々が集まって考える場面があります。
その代表が天岩戸の物語です。
天照大御神が天石屋戸に隠れると世界が暗くなり、神々が集まり、どうすれば天照大御神に出てきてもらえるかを考えます。
ここには、
一柱の神がすべてを決める
のではなく、
多くの神々が集まり、それぞれの働きをもって事態に向き合う
という世界が描かれています。
後世の大祓詞にも「八百万の神」という表現が現れ、神々が集う姿が語られています。神社本庁も、大祓詞に八百万の神々が集まる記述があることを紹介しています。
八百万とは、単なる「神の数」だけを表す言葉ではなく、多様な神々によって成り立つ世界を象徴する言葉でもあるのでしょう。
「八百万の神」は、いつからあったのか
ここは注意が必要です。
前の記事では、縄文・弥生時代の祭祀について取り上げました。
しかし、
縄文人も八百万の神を信仰していた。
と書くことはできません。
縄文時代には、当時の人々自身が残した文字資料がないからです。
考古学から、祭祀・儀礼と考えられる遺構や遺物を調べることはできます。
しかし、それを行った人々が、その対象を「神」と呼んでいたのか。
まして「八百万の神」という観念を持っていたのか。
そこまでは確認できません。
一方、8世紀初頭に成立した『古事記』では、多くの神々が登場する世界が文字として残されています。『古事記』が712年に成立したことは確かです。
ですから、このシリーズでは、
考古学で確認できる古い祭祀
と、
古典に記録された神々の世界
を分けて考えます。
その二つの間に、どのような連続性があるのか。
これは、日本の神祀りの歴史を考える大きな問題です。
山・岩・森・水から神社へ
前の記事では、山・岩・森・水など、自然の中にある特別な場所について考えました。
今回「八百万の神」を見ていくと、その意味が少し違って見えてきます。
自然の中に、人間の力を超えたものを感じる。
そこを特別な場所として意識する。
そこで祭りを行う。
そして、繰り返し祭りが行われる場所が生まれる。
神社本庁は、山・岩・木・滝などの自然物にも神が宿るとして祭りが行われ、やがて祭りの場所に建物が建てられ、神社が成立していったと説明しています。
ここで、
神
と
祈りの場所
が結び付き始めます。
八百万の神と季節
そして「神社と暦」という視点から見ると、さらに重要なことがあります。
神々は、人々の暮らしとも深く関係しています。
農耕を考えてみましょう。
春には豊作を願う。
田を整える。
稲を植える。
夏には稲が育つ。
秋には収穫する。
そして実りに感謝する。
現在の神社でも、春に豊作を祈り、秋に収穫へ感謝する祭りが行われています。
つまり、
自然 → 神 → 農耕 → 季節 → 祭祀
というつながりがあります。
ここに「暦」が加わります。
いつ祈るのか。
いつ田植えをするのか。
いつ収穫するのか。
季節を知り、祭りの日を定めるためには「時」を知る必要があります。
八百万の神の世界は、自然だけでなく、季節を巡って営まれる人々の暮らしとも結び付いているのです。
日本独自なのか
自然の中に神聖なものを感じる信仰は、日本だけに存在するものではありません。
世界各地にも、聖なる山、森、泉、岩、川などがあります。
したがって、
自然を神聖視すること=日本独自
とはいえません。
一方、日本では、多様な神々への信仰が「八百万」という言葉で表され、自然、生活、生業、祖先などさまざまなものと神々が結び付きながら、神社や祭りの文化として長く受け継がれてきました。
その広がり方と重なり方に、日本の神祀りの特徴を見ることができそうです。
まとめ ― 八百万とは、日本人が見てきた世界の広さ
八百万の神。
それは、800万柱の神がいるという意味ではなく、数え切れないほど多くの神々を表す言葉です。
日本では、山、海、風など自然と関係する神だけでなく、人々の暮らしや生業、土地や祖先などに関係する多様な神々が祀られてきました。
しかし、自然なら何でも神だった、と単純に考えることもできません。
自然そのものを神と見ることもあれば、神が宿る場所、神が鎮まる場所、神の働きが現れるものとして捉えられることもあります。
そして、人々が神を感じた場所で祭祀が繰り返される。
その先に、後世の神社へつながる祈りの場所が見えてきます。
八百万の神という言葉の向こうには、
世界のさまざまなところに、人間を超えたものを感じてきた日本人のまなざし
があります。
では、人々は神をどこへ迎え、どのように祀ったのでしょうか。
次に現れるのが、
神籬(ひもろぎ)と磐座(いわくら)
です。
建物としての神社が形を整える以前の「祈りの場所」へ、もう一歩進んでみましょう。
主な史料・参考資料
主な史料
- 『古事記』― 和銅5年(712)成立。神代の神々や天岩戸など、八百万の神々の世界を考える基本史料。
- 大祓詞 ― 「八百万の神」の表現を含む祝詞。古代の祝詞を考える重要な史料。
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