春分・末候は、七十二候で
「雷乃発声(かみなり すなわち こえを はっす)」 といいます。
雷が、声を発するころ――。
春分の締めくくりに、暦は
「花」ではなく「音」を置きました。
雀が巣を作り始め、桜が咲き始め、
そして雷が鳴る。
春が整っていく流れの最後にあるのが、
この “空の衝撃” です。
目次
■ 雷は夏のもの?――いいえ、春にも鳴る
雷というと、夏の夕立を思い出す人が多いはずです。
でも、雷には春の顔があります。
それが
春雷(しゅんらい)。
春の雷は、
- まだ空気が冷たい
- 雨も夏ほど激しくない
- けれど突然、空が鳴る
という特徴があります。
まるで「忘れ物」のように鳴る雷ですが、
暦はそれを見逃しませんでした。
雷乃発声は、
春の終わりに起きる大気の変化を言い当てた候です。
■ 「発声」――雷は“声”として捉えられていた
雷乃発声の表現が面白いのは、
雷を音ではなく 声 と呼んでいる点です。
発声。
これは、何かが意思をもって発する響きです。
古代から中世にかけて、雷は
- 天の怒り
- 神の声
- 祟り
- 畏れ
として捉えられることが多く、
自然現象である以前に、
世界の側から発せられるメッセージでした。
だから雷は「鳴る」ではなく、
「声を発する」。
暦の言葉は、自然への距離感そのものを伝えてきます。
■ 春分の末に雷――春はここで“加速”する
春分のころ、季節はすでに春なのに、
どこかでまだ冬の名残が残っています。
寒暖差も激しい。
空も安定しない。
それが春分の末候になると――
大気が本格的に動き始めます。
雷は、その象徴です。
雷が起きるということは、
- 上空と地上の温度差が生まれ
- 空が不安定になり
- エネルギーが溜まり
- 一気に放電する
ということ。
つまり雷乃発声は、
春がただ穏やかに進む季節ではなく、
力を持って転じる季節であることを示しています。
■ 花のあとに雷が来るのが、暦のリアル
桜の次に雷。
美しいと思うより、妙にリアルです。
春は「のどか」だけでは終わりません。
花が咲いたと思ったら、
急に荒れる。
晴れたと思ったら、
夕方に雷雨。
春は、気まぐれです。
でも気まぐれではなく、
季節が変わる途中だから、揺れる。
七十二候は、
その揺れを一番よく知っている暦だと思います。
■ 今の暮らしで「春雷」を感じる瞬間
現代では天気予報があるので、
雷は「情報」として知ります。
でも春雷は、
聞くときの驚きが独特です。
夏の雷は、ある意味予定通り。
春の雷は、意表を突く。
- まだ寒いのに
- 桜の季節なのに
- 夕方、急に空が鳴る
そういう雷は、
春の空が“本気で動き始めた”合図です。
■ 春の終盤――空が鳴ったら次の季節へ
雷乃発声は春分の末候。
つまり、春分という節気を締める候です。
雀が巣を作り
桜が咲き始め
雷が鳴る
この順番は、
春が
- 命の準備
- 景色の完成
- 空気の転換
を経て次へ進む、
一つの季節の物語になっています。
雷は、春の空が発する声。
春が「終わりに向かって動き出した」ことを告げる声です。

