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東風(こち)|氷をほどく、春のはじまりの風

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東風(こち)――
春を告げる風の名です。

立春・初候は、七十二候で「東風解凍(こち こおりを とく)」といいます。
文字どおり、「東風が吹いて氷が解け始めるころ」を表した候です。

氷を割るのは太陽の光であって、風が氷を解かすわけではない。
理屈だけを言えば、その通りかもしれません。

けれど昔の暦は、春の始まりを「気温」や「日照時間」ではなく、
まず「風が変わること」で言い当てました。

春は、光より先に――
風として届く。

東風解凍という言葉には、そうした季節の始まり方が刻まれています。


■ 東風解凍──春はまず「風」から始まる

立春は、暦の上では春の始まりです。
とはいえ現実の体感は、まだ冬の底に近いことも多いですよね。

それでも、ふとした瞬間に
「あれ、空気が変わった?」と思う日があります。

日差しが少し柔らかい。
風が刺さらない。
吐く息がほんの少し軽い。

冬の寒さは確かに残っているのに、
空気だけが先に季節を変えようとしている――。

東風解凍とは、春がいきなり来るのではなく、
まず風が変わり、次に氷がゆるみ、
そして世界が動き出すという順序を描いた候です。


■ 「こち」とは何か──東から吹く春風

東風(こち)は、もともと「東から吹く風」を意味します。

ただ、七十二候の文脈において東風は、単なる方角の風ではありません。
季節を切り替える「春の風」として扱われています。

冬の風は乾いて硬く、肌を削るように感じることがあります。
それに対して東風は、ほんの少し湿り気を帯び、
冷たいのに、どこか柔らかい。

わずかな違いなのに、
人はそれだけで「春」を感じ取ってしまうんですよね。


■ 氷が解ける、とは

ここでいう「氷」は、必ずしも湖が全面結氷するような世界だけを指しません。

昔の人が見ていたのは、

・朝の水桶の薄氷
・田の水たまりの氷膜
・霜柱がほどける土

そんな身近な「凍り」の変化だったはずです。

硬かったものが、少しだけゆるむ。
動かなかったものが、わずかに動き出す。

東風解凍が描いているのは、
まさにその「始動の瞬間」始動のなのだと思います。


■ 今の暮らしでは、春の合図は何になる?

現代の私たちは、季節の変化を数値で知ることができます。

天気予報の最高気温。
週間予報の寒暖差。
日の出時刻の変化。

でも、春を「春だ」と思わせるのは、結局のところ風だったりします。

冬の終わりは、気温よりも、日付よりも、
空気の質感が変わることで気づく。

それは昔の暦と同じ感覚なのかもしれません。

暦は、季節を説明するために作られたのではなく、
季節に合わせて生きるための「感覚の道しるべ」でした。

立春・初候。
東風解凍。

春は、まず風から始まる――。
この言葉がふと腑に落ちるころ、暦の春は静かに本物になっていくのでしょう。


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