七十二候を探る
立冬を迎えて間もない頃、風が冷たくなり、空気に冬の気配が混じり始めます。そんな季節にそっと花を開くのが、七十二候にいう「山茶始開(つばきはじめてひらく)」。
その名前だけを見ると「椿(つばき)」が咲くように思えますが、実際に花をつけるのは “山茶花(さざんか)” です。
この“表記ゆれ”は、古い中国の暦を理解する際に必ず出てくる興味深いポイントでもあります。
目次
■ 中国原典の「山茶」とは、椿なのか山茶花なのか
七十二候のもとになった中国の『通書』や『歳時広義』に記された「山茶(さんちゃ)」は、現在の植物分類でいえば ツバキ科の広いグループ を指す言葉です。
古代中国の植物名は、現在のように厳密な種分けではなく、
- 椿(Camellia japonica)
- 山茶花(Camellia sasanqua)
- 茶の木(Camellia sinensis)
といった“ツバキの仲間”が、しばしば同じ字で書かれていました。
そのため、七十二候の「山茶」は 「ツバキ類が花を開く頃」 を意味しており、特定の品種を示していたわけではありません。
■ 日本では「山茶花(さざんか)」が冬の花として定着
日本に暦が伝わると、実際の季節感にあわせて多くの読み替えが行われました。
その代表例がこの「山茶」です。
日本列島では、椿は冬の終わり頃〜早春に咲くことが多く、立冬の時期に満開になるのは山茶花。
これが理由で、日本では「山茶」=「山茶花」と自然に読み替えられ、現在の季節感として定着しました。
このような読み替えは珍しいものではなく、七十二候全体の中でも特に多くみられる現象です。
暦を“生きた季節の観察記録”として受け継いできた日本らしい文化ともいえるでしょう。
■ 山茶花と椿──似ているのに「散り方」が違う
山茶花と椿はどちらも艶のある深緑の葉を持ち、冬景色に映える花です。
しかし、よく見ると 花の散り方 に大きな違いがあります。
- 山茶花:花びらが一枚ずつはらはらと散る
- 椿:花が丸ごと“ぽとり”と落ちる
この落ち方は古くから日本人の心に強い印象を与え、椿は武家社会では
「首が落ちるようで縁起が悪い」とされ、屋敷に植えられない地域もありました。
一方、花弁が静かに散る山茶花は「冬を告げる優しい花」として親しまれ、
冬の季語 としても定着しています。
■ 山茶花が冬の入口を象徴する理由
山茶花が咲くのは、ちょうど冷たい北風が吹き始め、庭や生垣に初冬の光が差し込む頃。
華やかさは控えめながら、寒さの中で凛と咲くその姿は、冬の訪れを静かに告げてくれます。
特に“白い山茶花”は雪景色にも映え、万葉集・近世の和歌にも多く詠まれ、
「散り花の美」「初冬の清らかさ」の象徴とされてきました。
■ 七十二候としての「山茶始開」
暦の上では、立冬の初候として、
山茶始開(つばきはじめてひらく)
= 山茶花が咲き始めるころ
と読み替え、日本の実際の季節感に合う形で現代まで伝わっています。
山茶花は、晩秋から冬にかけて長く咲き続けるため、
これからの季節、街中や庭先でもよく見かける花のひとつ。
冬の足音を感じながら、静かに咲く一輪に目を止めてみるのもよいでしょう。
