啓蟄(けいちつ)。
暦の上で、いよいよ春が「動き」始める節気です。
雨水では、土が潤い、霞がたなびき、草木が芽吹きました。
けれど、そこまではまだ静かな春でした。
啓蟄から春は一段階変わります。
それは――
春が、音のする季節になるということです。
虫が動く。
土がゆれる。
小さな命が、地上の世界へ戻ってくる。
七十二候では啓蟄・初候を
蟄虫啓戸(すごもりむし とを ひらく)
といいます。
目次
■ 「蟄虫(ちっちゅう)」=虫、というより“冬に籠もる命”
蟄虫と書いて「虫」と読みますが、
ここで言う虫は、いわゆる昆虫だけではありません。
昔の暦における「虫」とは、
- 土の中にいる小さな生き物
- 冬のあいだ姿を消していたもの
- 目立たないが、確かに命のあるもの
その総称です。
ミミズも、アリも、ダンゴムシも、
場合によってはカエルやヘビのようなものまで、
広い意味で「虫」として捉えられていた時代もありました。
つまり蟄虫啓戸は、
「昆虫が出てきますよ」というニュースではなく、
冬に沈黙していた世界が、再起動する
という宣言なのです。
■ 「啓戸(とをひらく)」がすごく良い
啓蟄の“啓”は、ひらく。
蟄虫啓戸は、言葉の形としても美しい候です。
虫が、自分で戸をひらく。
この「戸」という比喩がすばらしい。
土の中は、ただ隠れている場所ではなく
“冬のあいだ暮らしていた家”のような場所。
そこから虫が、
外の世界へ出てくる。
春とは、外が暖かくなることではなく、
内側から扉がひらくこと――
この見方が、とても七十二候らしいのです。
■ なぜ啓蟄で虫が動くのか(いちばん分かりやすく)
ここ、理屈もわかりやすく整理できます。
啓蟄のころに起きるのは、
- 日差しが強くなる
- 地面の表層が温まる
- 土が乾きすぎず、ほどよく潤う
- 生き物が活動しやすくなる
という流れです。
雨水の初候で土が潤った(=水が通るようになった)。
雨水の末候で草木が萌えた(=植物が動きだした)。
すると次に来るのは、生き物です。
植物→生き物へ。
この順番は、自然界の構造そのものなんですね。
■ 現代の暮らしで感じる「啓蟄」
啓蟄を「虫」と言われると
虫が苦手な人はちょっと嫌かもしれません(笑)
でも現代でも、啓蟄の気配ははっきり分かります。
- 庭の土がふかっとする
- 草むらに小さい動きが増える
- ベランダに小さな虫が来る
- 鳥が急に忙しそうになる
- 夕方の空気が“冬”ではなくなる
虫の登場は、嫌われ役というより
季節が本物になった証拠です。
春の世界が「目に見える」だけでなく
「動いている」ことが分かる。
啓蟄はその境目です。
■ 啓蟄は「春が始まった」のではなく「戻ってきた」
ここが啓蟄の深いところです。
春が来た、というより
春が戻ってきた。
冬の間、消えたと思っていた命が
実は土の中でちゃんと生きていた。
その命が、再び地上へ出てくる。
啓蟄は、春の喜びというより
冬の底で守られていた命の復帰を描く節気なのです。
■ 「啓蟄」の字がすでに物語
啓(ひらく)
蟄(すごもる)
この二文字だけで、季節が見えます。
閉じる→ひらく
止まる→動く
沈む→出てくる
春とは、世界が再開されること。
だから啓蟄は、
春の節気の中でも、特に「生き物の章」なのだと思います。

