日本の暦注には、国家が作成した官暦と、江戸期以降に広まった民間暦という二つの体系が存在します。
しかし現代では、この二つが混在して語られることが多く、「天赦日」「大明日」「三隣亡」「天一天上」などの本来の出典や意味が曖昧になりがちです。
本記事では、官暦と民間暦を明確に分離し、それぞれの暦注体系を総合一覧として整理しました。吉日・凶日・行動忌・期間系・土忌・干支特定日まで、歴史的構造に基づく本来の姿を一望できます。
■ 官暦(陰陽寮による暦作成と制度体系)
官暦は、陰陽寮によって作成された国家の公式暦であり、その制度は延喜式などに見られる規定に基づいて整備されていました。
官暦では、暦注は「中段」「下段」といった構造の中に配置され、吉凶は単純な日単位ではなく、期間や運気の状態として表現されます。特に中段に記される吉祥語は、特定の日の吉凶ではなく、その期間における運気の状態を示す表現です。
本表では、官暦に掲載された事項を基準に、暦注体系を分類整理しています。
【官暦掲載事項・総合整理表】
【1】吉祥語(官暦掲載・中段語)
本表の「官暦文体」は、各期間や日に付される吉凶そのものではなく、その期間における運気の状態を示す吉祥語(表現)を記載したものです。
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 天赦 | てんしゃ | 万事大吉 | 諸事吉 | なし | 官暦の期間名(天赦日とは別体系) |
| 大明 | だいみょう | 請事吉・造作吉 | 造作吉 | なし | 官暦の期間名(大明日とは別体系) |
| 母倉 | ぼそう | 請事吉・婚礼吉 | 婚礼吉 | なし | 官暦の期間名(母倉日とは別体系) |
| 神吉 | かみよし | 神事吉 | 神事吉 | なし | 官暦の期間名(神吉日とは別体系) |
| 天恩 | てんおん | 天恩 | 慶事吉 | なし | 官暦の期間名(天恩日とは別体系) |
| 月徳 | げっとく | 請事吉 | 婚礼吉 | なし | 官暦の期間名(月徳日とは別体系) |
| 月徳合 | げっとくごう | 請事大吉 | 造作吉 | なし | 官暦の期間名(月徳合日とは別体系) |
(※「日」は付けない。期間として連続記載される)
▼ 2. 凶日(上段・下段)
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 不成就日 | ふじょうじゅにち | 何事も成就せず | なし | 諸事凶 | 官暦 |
| 十死日 | じゅうしにち | 万事死に通ず | なし | 諸事大凶 | 官暦 |
| 受死日 | じゅしにち | 受けて死に通ず | なし | 諸事大凶 | 官暦 |
| 重日 | じゅうにち | 重なりて凶 | なし | 婚礼凶 | 官暦 |
| 復日 | ふくにち | 復するに吉 | 再縁吉 | 婚礼凶 | 官暦 |
| 大禍日 | たいかにち | 大いに禍あり | なし | 諸事大凶 | 官暦 |
| 滅門日 | めつもんにち | 門を滅す | なし | 家運凶 | 官暦 |
| 狼藉日 | ろうぜきにち | 狼藉多し | なし | 諸事凶 | 官暦 |
| 地火日 | じかにち | 地火の災い | なし | 火災凶 | 官暦 |
| 天火日 | てんかにち | 天火の災い | なし | 火災凶 | 官暦 |
| 五墓日 | ごむにち | 五行の気が衰える日 | なし | 土木凶 | 官暦 |
| 帰忌日 | ききにち | 帰り忌む日 | なし | 旅行凶 | 官暦 |
| 血忌日 | けつきにち | 血を忌む日 | なし | 出産・手術凶 | 官暦 |
▼ 3. 行動忌(官暦掲載)
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 凶会日 | くえにち | 会合不吉 | なし | 会合凶 | 官暦 |
| 往亡日 | おうもうにち | 往来不吉 | なし | 旅行凶 | 官暦 |
| 住忌日 | じゅうきにち | 諸事不宜 | なし | 諸事凶 | 官暦 |
▼ 4. 期間系(官暦掲載)
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 八専 | はっせん | 諸事不宜 | なし | 諸事凶 | 壬子〜癸亥の12日間(官暦)。偏り強く諸事慎む日。 |
| 八専間日 | はっせんまび | 中和日 | 造作可 | なし | 辰・申・酉(八専中の間日)。偏り和らぎ造作可。 |
| 十方暮 | じっぽうぐれ | 諸事不宜 | なし | 諸事凶 | 壬申〜辛巳の10日間。天地の気ふさがり諸事慎む。 |
| 土用 | どよう | 土を犯すべからず | なし | 土忌 | 四立前の約18日間。季節の変わり目に土気が動く(期間全体の土忌)。 |
| 土用間日 | どようまび | 土用中の間日 | 造作可 | なし | 辰・申・酉(例外日) |
【5】土忌(官暦+官暦採用の民間起源)
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 土公 | どこう | 土を犯すべからず | なし | 土忌 | 節気に応じて土公神の居る方角を忌む。方位の土忌(官暦)。 |
| 大土 | おおつち | 土を犯すべからず | なし | 土忌 | 節気+十二支で定まる日。季節ごとに一定の土忌日(官暦)。 |
| 小土 | こつち | 土を犯すべからず | なし | 土忌 | 大土と対になる軽度の土忌日。節気と十二支で判定(官暦)。 |
| 大犯土 | だいぼんど | 土を犯すべからず | なし | 土忌 | 節気に関係なく“固定日数”で巡る土忌。季節ごとの一定期間(官暦)。 |
| 小犯土 | しょうぼんど | 土を犯すべからず | なし | 土忌 | 大犯土に付随する軽度の土忌。固定日数で巡る(官暦)。 |
| 犯土(民間暦) | ぼんど | 土を犯すべからず(民間暦) | なし | 土忌 | 十二支(辰・戌・丑など)で判定する民間起源の犯土。地域差あり。官暦が採用した民間暦項目。 |
| 社日 | しゃにち | 土を犯すべからず | なし | 土忌 | 春分・秋分に最も近い戊の日。土地神を祀る日(特定日の土忌)。 |
【6】季節日(官暦掲載)
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 初伏 | しょふく | 初伏 | なし | なし | 夏至後三度目の庚の日に当たる。伏気始まりて暑さ初まる期。 |
| 中伏 | ちゅうふく | 中伏 | なし | なし | 夏至後四度目の庚の日。伏気最も盛んとなる期。 |
| 末伏 | まっぷく | 末伏 | なし | なし | 立秋後最初の庚の日。伏気おさまり暑さ末段となる期。 |
| 臘日 | ろうじつ | 臘日 | なし | なし | 小寒後の二度目の辰日に当たる。臘とは“年の終わりに神と祖先に供物を捧げる祭(臘祭)”をいう歳時。官暦では暦注ではなく歳時語として本文に載る。 |
【7】干支特定日(官暦採用の民間起源)
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 一粒万倍日(民間暦) | いちりゅうまんばいにち | 一粒万倍の義 | 諸事吉 | なし | 民間起源(官暦採用) |
【8】暦注ではないが “官暦に掲載された事項”(中段・下段・雑注)
■ 民間起源(官暦掲載・実用系)
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 三隣亡 | さんりんぼう | 造作大凶 | なし | 造作凶 | 官暦中段掲載・民間起源 |
| 庚申 | こうしん | 庚申 | 神事吉 | なし | 庚申講・民間信仰 |
| 甲子 | きのえね | 甲子 | 吉 | なし | 大黒天縁日 |
| 己巳 | つちのとみ | 己巳 | 吉 | なし | 弁財天縁日 |
■ 干支縁日(信仰・習俗)
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 戌の日 | いぬのひ | 戌 | 安産吉 | なし | 民間信仰 |
| 酉の日 | とりのひ | 酉 | 稲荷吉 | なし | 稲荷信仰 |
| 巳の日 | みのひ | 巳 | 弁財天吉 | なし | 巳の日参り |
■ 雑注・暦記載のみ
| 名称 | 読み | 官暦文体 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 辛丑 | かのとうし | 辛丑 | ― | ― | 雑注扱い |
【官暦に掲載されたすべての事項】
- 暦注(吉日・凶日・行動忌・土忌・期間系・季節日・干支特定日)
- 暦注ではないが官暦に掲載された事項(中段・下段・雑注)
- 文体はすべて官暦の原文
- 犯土だけ(民間暦)表記
- 六曜・十二直・二十八宿は官暦掲載なし → 別表扱い
■ 民間暦(実用として整理された暦注体系)
民間暦は、江戸期以降に広く普及した実用的な暦の体系であり、日々の生活における吉凶判断や行動の目安として発展してきました。
官暦に見られる「中段・下段」といった構造的区分は簡略化され、各暦注は「日」として独立し、吉日・凶日という形で分かりやすく整理されています。現在一般に知られている多くの吉日・凶日は、この民間暦の体系に基づくものです。
また、民間暦では、官暦に由来する暦注に加え、信仰や風習に基づく縁日・干支日なども取り込まれ、実生活に即した形で再編成されています。本表では、改暦以降に一般的に用いられている暦注・選日を基準に、その全体構造を整理しました。
■ 民間暦掲載事項・総合整理表
民間暦では、官暦に見られた「中段・下段」といった構造的区分は簡略化され、各暦注は「日」として独立し、吉日・凶日という形で実用的に整理されるようになりました。
※ 表記欄は民間暦における実用上の区分(吉日・凶日・期間など)を示す
※ 本表は改暦以降の民間暦において一般的に用いられている暦注・選日を基準に整理
【1】吉日(民間暦・吉祥日)
| 名称 | 読み | 表記 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 天赦日 | てんしゃにち | 最上吉日 | 諸事吉 | なし | 最強吉日 |
| 一粒万倍日 | いちりゅうまんばいにち | 吉日 | 諸事吉 | なし | 増幅の吉日 |
| 母倉日 | ぼそうにち | 吉日 | 婚礼吉 | なし | 育成の吉 |
| 大明日 | だいみょうにち | 吉日 | 諸事吉 | なし | 万事吉 |
| 神吉日 | かみよしにち | 吉日 | 神事吉 | なし | 神事向き |
| 月徳日 | げっとくにち | 吉日 | 修理吉 | なし | 徳を得る日 |
【2】凶日(忌日)
| 名称 | 読み | 表記 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 不成就日 | ふじょうじゅび | 凶日 | なし | 諸事凶 | 成就しない日 |
| 受死日 | じゅしび | 大凶日(最強) | なし | 諸事大凶 | 死に関係 |
| 十死日 | じゅうしにち | 凶日 | なし | 諸事凶 | 死に通ず |
| 血忌日 | けこにち | 凶日 | なし | 出産・手術凶 | 血の忌み |
| 帰忌日 | きこにち | 凶日 | なし | 移動凶 | 帰宅忌 |
| 往亡日 | おうもうにち | 凶日 | なし | 旅行凶 | 外出忌 |
| 五墓日 | ごむにち | 凶日 | なし | 土木凶 | 墓の忌日 |
| 凶会日 | くえにち | 凶日 | なし | 会合凶 | 悪事集まる |
| 大禍日 | たいかにち | 凶日 | なし | 諸事凶 | 災い大 |
| 滅門日 | めつもんにち | 凶日 | なし | 家運凶 | 家に凶 |
| 狼藉日 | ろうじゃくにち | 凶日 | なし | 混乱凶 | トラブル日 |
| 地火日 | ぢかにち | 凶日 | なし | 火災凶 | 地の火 |
| 天火日 | てんかにち | 凶日 | なし | 火災凶 | 天の火 |
| 三隣亡 | さんりんぼう | 凶日 | なし | 建築凶 | 民間強調 |
【3】注意日(性質系)
| 名称 | 読み | 表記 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 重日 | じゅうにち | 注意日 | 条件付吉 | 婚礼凶 | 重なる日 |
| 復日 | ふくにち | 注意日 | 再縁吉 | 婚礼凶 | 繰り返す日 |
【4】期間系(民間暦)
| 名称 | 読み | 表記 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 八専 | はっせん | 凶期間 | なし | 諸事凶 | 偏り強 |
| 八専間日 | はっせんまび | 中和日 | 造作可 | なし | 例外日 |
| 十方暮 | じっぽうぐれ | 凶期間 | なし | 諸事凶 | 気ふさがる |
| 天一天上 | てんいちてんじょう | 吉期間 | 諸事吉 | なし | 方位障りなし |
| 土用 | どよう | 土忌期間 | なし | 土木凶 | 季節変化 |
| 天恩日 | てんおんにち | 吉期間(連続日) | 慶事吉 | なし | 数日続く吉期間。主に婚礼・慶事向き。 |
【5】土忌(官暦+官暦採用の民間起源)
| 名称 | 読み | 表記 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 大土 | おおつち | 土忌日 | なし | 土木凶 | 強い土忌 |
| 小土 | こつち | 土忌日 | なし | 土木凶 | 軽度 |
| 犯土 | ぼんど | 土忌日 | なし | 土木凶 | 地域差あり |
| 社日 | しゃにち | 特定日 | 条件付可 | なし | 春分・秋分に最も近い戊の日。土地神を祀る日。土の扱いは状況により判断。 |
【6】季節日(民間暦・参考)
| 名称 | 読み | 表記 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 初伏 | しょふく | 季節日 | なし | なし | 夏至後の庚の日。暑気の始まり。 |
| 中伏 | ちゅうふく | 季節日 | なし | なし | 伏気最盛期。 |
| 末伏 | まっぷく | 季節日 | なし | なし | 暑気の終わり。 |
| 臘日 | ろうじつ | 季節日 | なし | なし | 年末の祭祀に由来。現代ではほぼ用いられない。 |
【7】縁日・干支日(民間信仰)
| 名称 | 読み | 表記 | 用途別吉 | 用途別凶 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 戌の日 | いぬのひ | 縁日 | 安産吉 | なし | 広く定着 |
| 酉の日 | とりのひ | 縁日 | 商売吉 | なし | 熊手市 |
| 巳の日 | みのひ | 縁日 | 財運吉 | なし | 弁財天 |
| 庚申 | こうしん | 信仰日 | 神事吉 | なし | 庚申講 |
| 甲子 | きのえね | 信仰日 | 吉 | なし | 大黒天 |
| 己巳 | つちのとみ | 信仰日 | 吉 | なし | 弁財天 |
■ まとめ
官暦と民間暦は、同じ暦注を扱いながらも、その構造と役割は大きく異なります。
- 官暦:国家による制度的な暦(運気の状態を示す体系)
- 民間暦:生活に用いる実用的な暦(日単位の吉凶判断)