――近代日本は、翻訳によってつくられた
文明開化という言葉から、
私たちはしばしば、洋装や鉄道、煉瓦造りの建物といった
目に見える変化を思い浮かべます。
しかし、その背後では、
もう一つの、より静かで決定的な変化が進んでいました。
それは、
世界をどう理解し、どう語るかという「言葉」の変化です。
文明開化は「理解の問題」だった
西洋文明との出会いは、
単なる技術や制度の輸入ではありませんでした。
- なぜそうなるのか
- 何が前提になっているのか
- どのように考えればよいのか
こうした問いに答えるには、
理解の枠組みそのものを更新する必要がありました。
文明開化とは、
異なる文明を「どう理解するか」という、
極めて知的な課題だったのです。
翻訳は、文明の入口だった
その課題に対して日本が選んだ方法が、
翻訳でした。
ターヘル・アナトミア(解体新書)に始まる試みは、
- 見る
- 比べる
- 意味を考える
- 言葉を与える
という作業の積み重ねでした。
翻訳は、
言葉を置き換える行為ではありません。
未知の概念を理解し、
自分たちの言葉として引き受ける行為だったのです。
言葉が、思考の枠組みをつくった
このシリーズで見てきたように、
- 科学
- 技術
- 医学
- 哲学
- 社会
- 経済
- 宗教
- 自由・権利・民主
といった言葉は、
いずれも近代において、
意味を与え直された、あるいは新たに生み出された言葉でした。
これらの言葉は、
- 世界をどう見るか
- 人間をどう捉えるか
- 社会をどう成り立たせるか
という、
思考の前提そのものを形づくっていきました。
なぜ「言葉」だったのか
日本が選んだのは、
音を写すことよりも、
意味を考えることでした。
既存の漢字を組み合わせ、
- 新しい概念にふさわしい形を探し
- ときに意味を拡張し
- ときに古い用法を書き換えながら
日本語として通用する言葉を作っていったのです。
文明開化は、
言葉を通して文明を内側から理解しようとした過程でもありました。
言葉は、今も生き続けている
重要なのは、
これらの言葉が「完成形」ではないということです。
- 科学とは何か
- 自由はどこまで認められるのか
- 社会や経済は誰のためにあるのか
こうした問いは、
今もなお更新され続けています。
文明開化とは、
過去の出来事ではなく、
言葉を問い直し続ける姿勢そのものだったのかもしれません。
おわりに──文明は、言葉から始まる
制度や技術は、
目に見えるかたちで社会を変えます。
しかしそれらを支えているのは、
世界をどう理解し、どう語るかという言葉です。
文明開化は、
翻訳によって始まり、
言葉によって支えられてきました。
そして私たちは今も、
その言葉の上に立って、
世界を考え続けています。
