――治療の術から、人を科学的に理解する学問へ
私たちは「医学」という言葉を、
病院や大学、研究といった文脈で、当たり前のように使っています。
しかしこの「医学」という語もまた、
はじめから現在の意味を持っていたわけではありません。
その中身は、
近代に入ってから大きく書き換えられました。
目次
「医学」という語の来歴
「医学」は、中国古典に由来する漢語です。
- 医:病を治す人、癒やす行為
- 学:学ぶ、体系化された知
古くは、
- 医術
- 本草
- 養生
- 診療の技
といった実践を含む、
治療中心の知の体系を指していました。
そこでは、
- 経験
- 師承
- 秘伝
が重視され、
必ずしも「理論的な理解」が前面に出るものではありませんでした。
近世までの「医学」──術としての医
江戸時代までの日本において、
医学は主に、
- 漢方医学
- 経験的治療
- 症状に応じた処方
として営まれていました。
これは高度で実践的な体系でしたが、
その中心にあったのは、
病をどう治すか
という問いでした。
人体を構造として捉え、
仕組みを解き明かすという発想は、
まだ限定的だったと言えます。
解剖学がもたらした転換点
ここで重要になるのが、
解剖学の導入です。
ターヘル・アナトミア(解体新書)を通じて、
- 人体を実際に観察する
- 内部構造を図で理解する
- 理論と実見を結びつける
という姿勢が、日本にもたらされました。
医学は次第に、
- 治療の技
から - 人体を理解する学問
へと、重心を移し始めます。
近代における「医学」の再定義
明治期、西洋の medicine を受け入れるにあたり、
「医学」という語は、
その意味を大きく拡張されました。
近代医学が含んでいたのは、
- 解剖学
- 生理学
- 病理学
- 細菌学
といった、
科学に基づく体系的理解です。
ここで「医学」は、
- 経験の集積
ではなく - 科学的説明を伴う学問
として再定義されました。
「技術」との違いが示すもの
ここで、これまで扱ってきた言葉との関係が見えてきます。
- 科学:自然を理解する方法
- 技術:理解を応用する方法
- 医学:人間の身体を対象とした科学の実践
医学は、
科学と技術の両方を内包する分野です。
そのため、
「医学」という言葉の変化は、
文明開化がどこまで人間そのものに踏み込んだかを示しています。
現代に残る「医学」という言葉
現代の医学は、
- 研究
- 教育
- 臨床
- 公衆衛生
といった複数の側面を持ち、
個人の治療を超えて、
社会全体を支える知の体系となっています。
それでもなお、
- 名医
- 医は仁術
といった言葉が残っているのは、
医学がいまだに
人と人の関係性の中で営まれる営為であることを示しています。
おわりに──医学は、人間をどう見るかの歴史
「医学」という言葉の変遷は、
人間の身体をどう捉えるかという、
視点の変化そのものです。
- 病を治す対象
- 構造としての身体
- 科学的に理解される存在
文明開化は、
医学を輸入したのではなく、
医学という言葉の意味を変えたのです。
