――職人の手わざから、近代社会を支える力へ
私たちは日常的に「技術」という言葉を使っています。
工業技術、IT技術、医療技術――
あらゆる分野で欠かせない言葉です。
しかしこの「技術」という語は、
はじめから現在の意味を持っていたわけではありません。
その意味は、時代とともに少しずつ姿を変え、
近代に入って大きく書き換えられました。
目次
「技術」はもともとどのような言葉だったのか
「技術」は、中国古典に由来する語です。
- 技:わざ、巧みな手さばき
- 術:方法、手段、処し方
古代中国、そして近世までの日本において、
「技術」は主に、
- 医術
- 兵法
- 占術
- 諸芸・諸職
といった、個人が身につける技能や秘伝的な方法を指していました。
そこにあったのは、
経験・修練・勘に支えられた「手わざ」の世界です。
江戸時代までの「技術」観
日本でも江戸時代までは、
- 職人の技
- 家ごとに伝えられる術
- 師弟関係による継承
が「技術」の中心でした。
それは高度で洗練されたものでしたが、
体系化され、一般化されるものではなかった
という点が重要です。
技術は「属人的」であり、
人に付随するものでした。
近代化が「技術」の意味を変えた
明治に入り、日本は西洋文明と本格的に向き合います。
そこでもう一つの言葉が問題になります。
technology
これは単なる「巧みさ」ではなく、
- 科学的原理に基づき
- 再現可能で
- 教育や制度によって広く共有される
という、新しい性格を持つ概念でした。
日本は、この technology に対応する語として、
既存の「技術」という言葉を選びます。
ここで起きた意味の転換
この選択によって、「技術」は大きく姿を変えました。
- 個人の腕前 → 社会の力
- 秘伝 → 公開される知識
- 勘と経験 → 科学に裏打ちされた方法
つまり「技術」は、
科学を土台とした応用体系として再定義されたのです。
これは新しい言葉を作るのではなく、
古い言葉に新しい意味を与えるという、日本的な選択でした。
「科学」との関係で見えてくるもの
ここで、「科学」との違いがはっきりします。
- 科学:自然を理解する方法
- 技術:理解を形にする方法
文明開化において、日本がまず「科学」という言葉を必要とし、
その次に「技術」を再定義したのは、偶然ではありません。
考え方が先にあり、
応用がその後に続いたのです。
現代に残る「技術」という言葉
現代の「技術」は、
- 工学
- 情報
- 医療
- 産業
と結びつき、
個人の技能を超えた、社会を支える基盤となっています。
それでもなお、
「職人技」「熟練の技」といった言い回しが残っているのは、
この言葉が、長い歴史を引きずっている証拠でもあります。
おわりに──言葉が示す、文明の段階
「技術」という言葉の変遷は、
社会がどの段階にあるかを映し出しています。
- 技が人に属していた時代
- 技が体系化された時代
- 技が社会を支える力となった時代
その背後には、
科学という考え方の定着がありました。
文明開化は、
技術を輸入することではなく、
技術という言葉の意味を変えることでもあったのです。
