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🌤【自然 ― 白き霜、秋の終わりのしるし】
霜降・初候「霜始降(しもはじめてふる)」は、秋の光景が静かに終わりを迎え、冬の気配が姿を見せる頃。夜の冷え込みが一段と厳しくなり、夜露が凍って霜となります。
早朝、畑や田んぼの草葉には白い結晶がきらめき、太陽が昇るとともにそれが溶けて消えていく――そんな儚い美しさがこの季節の象徴です。
「霜」は単なる寒さの表れではなく、季節の節目を知らせる自然のサインです。虫たちは姿を消し、木々の葉は色を深めて散り始め、やがて裸木となります。遠くの山の稜線には白い筋が見え始め、冬が近いことを教えてくれます。
この頃の空は透き通るように高く、空気の透明度が増して、日中の光は黄金色を帯びます。まさに「秋の終章」であり、「冬の序章」。自然は次の季節へ向けて呼吸を整えています。
【霜降】(そうこう) 月: 九月中 太陽黄経:210°
霜が降りるころ

初候 霜始降
(しもはじめてふる)
霜が降り始める
🏡【暮らし ― 冬支度の始まり】
霜が降り始めると、農村では収穫作業がいよいよ終盤。稲刈りや脱穀を終え、納屋には新米が積まれます。里芋や大根などの根菜も掘り上げの時期を迎え、畑は冬の休眠に入ります。
家庭では衣替えが本格化し、こたつやストーブを出す家も増えてきます。朝の洗濯物が乾きにくくなり、霜でぬれた庭先の石畳を見ながら季節の変化を実感する人も多いでしょう。
日本では古くから「霜月」という言葉が十一月を指しますが、それより一足早く、霜降の頃から“冬入り”の実感が広がります。神社では秋祭りや収穫感謝祭が行われ、米や酒、作物を神前に捧げる風習が各地に残っています。
また、旧暦10月に行われる「お十夜」は、この霜降期の風物詩。極楽往生を願う法要で、寒夜に灯る提灯の明かりが人々の心を温めます。霜降は、静かな祈りとともに迎える季節でもあるのです。
🍠【旬 ― 実りの名残と冬の味覚】
食卓には、霜降ならではの豊かな味覚が並びます。
柿は甘柿・渋柿ともに熟し、干し柿づくりが始まる季節。軒下に吊るされた橙色の柿が、冷たい風にゆらゆらと揺れる光景は、日本の秋の象徴でもあります。
りんごは晩生品種の「ふじ」や「王林」が出始め、蜜入りの甘い香りが市場に漂います。みかんも早生品種から中生へと移り変わり、こたつの季節を予感させる味覚が登場します。
野菜では、大根・白菜・ほうれん草が旬を迎え、鍋料理が恋しくなります。霜にあたることで甘みを増す野菜も多く、自然が作る“旨みの魔法”が楽しめる頃です。
魚介では秋刀魚、鮭、鰤、蟹など脂ののった魚が旬。日本海側ではズワイガニの漁が始まり、海も冬支度に入ります。まさに、海と山の実りが揃う贅沢な時期なのです。


📜【文化 ― 霜を詠む心】
古来、日本人は「霜」を単なる寒さではなく、季節の移ろいを象徴する詩的な題材として愛でてきました。
松尾芭蕉は「初しぐれ 猿も小蓑を ほしげ也」と詠み、霜や時雨を通して秋の終わりの寂寞を描きました。
また、『古今和歌集』には「霜の上を踏む音すなり冬近し」という句があり、音や肌感覚を通じて冬の訪れを実感する感性が表れています。
霜は“終わり”の象徴であると同時に、“新しい季節の始まり”を告げる存在。枯れゆく中に次の命の気配を見出す――それが日本の自然観と美意識の核心です。
さらに、漢詩では「白露成霜」「霜華満地」などの表現が多く見られます。霜は清らかさと無常を象徴し、人生や時の移ろいを映す鏡とされました。文学や書画の世界では、この時期の霜をモチーフにした作品が数多く残されています。
🗓【暦 ― 冬への第一歩】
霜降は二十四節気の第十八節気で、寒露と立冬の間に位置します。太陽黄経210度。秋の最後を締めくくり、冬の入口を示す節目です。
七十二候の構成は次の通りです。
- 初候:霜始降(しもはじめてふる)――初めて霜が降りる
- 次候:霎時施(こさめときどきふる)――時雨が降り始める
- 末候:楓蔦黄(もみじつたきばむ)――楓や蔦が色づく
自然界はこの頃から冬型の気圧配置に変わり、北風が吹き始めます。昼夜の寒暖差が大きくなり、朝の空気は引き締まり、夕暮れは早くなります。
まさに“秋が尽きて冬が立つ”――季節の橋渡しの時期です。
💭【ひとこと ― 白い朝の静寂の中で】
霜降・初候は、朝の静寂がもっとも美しい季節。草の上にきらめく霜を踏みしめると、かすかに音がします。その冷たさの中に、どこか心を落ち着かせる静けさがある。
自然が眠りにつく前の一瞬の輝き――それが霜の季節の魅力です。
忙しい日々の中で、ふと朝の光を見上げる。白く輝く草の葉先に、季節の移ろいと生命の確かさを感じる。その感性を忘れずにいたいものです。
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