国内史料・中国史料・考古資料はどう照合されるか|古代の年代を読む方法

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古代の出来事は、「西暦○○年に起きた」と現在の年表には書かれています。

しかし、その西暦年が当時の史料にそのまま書かれているわけではありません。

『日本書紀』。『三国志』。『宋書』。六十干支。

鉄剣の銘文。古墳。土器。

それぞれに異なる形で「時間」が残されています。

第3シリーズの最後は、

古代の年代は、どのようにして一つの年表へまとめられるのか を整理します。

一つの史料だけでは決めない

古代史の年代を考えるとき、基本になるのは、

一つの史料だけで結論を出さないこと です。

『日本書紀』に○年と書いてある。

中国史書に○○年と書いてある。

鉄剣に干支が刻まれている。

それぞれ重要な情報ですが、一つだけでは分からないことがあります。

史料が成立した時期。伝写の過程。紀年方法。遺物が作られた年代。出土した場所。

これらを重ねて考えます。

国内史料――『日本書紀』という時間

日本側の代表的な史料が、

『日本書紀』 です。

720年に完成した『日本書紀』は、巻第三以降、天皇ごとの紀年を軸に出来事を年月順に配置しています。

神武天皇元年。神功皇后三十九年。雄略天皇○年。という形です。

さらに、

辛酉。己未。 といった干支も使われます。

しかし、とくに古い時代については、

その紀年をそのまま実年代と考えることはできない 

という問題を見てきました。

『日本書紀』は重要な史料ですが、それ自体も研究対象なのです。

中国史料――外側から記録された倭国

次に中国史書があります。

3世紀なら、『三国志』魏書倭人条。

5世紀なら、『宋書』倭国伝。

ここには、日本列島の外側から見た倭国が記録されています。

卑弥呼。

難升米。

讃・珍・済・興・武。

これらの名は、日本側の記紀とは異なる形で登場します。

中国史書の大きな利点の一つは、

中国王朝の年号によって出来事の時期が記されている ことです。

景初。元嘉。大明。昇明。

それを西暦へ換算することで、日本側史料と比較できます。

六十干支――異なる時間をつなぐ目盛り

その間をつなぐのが、六十干支 です。

神功皇后三十九年の、己未。

稲荷山鉄剣の、辛亥。

干支は60年周期なので、それだけでは年代を一つに決められません。

しかし、

中国年号。人物。出来事。考古学的年代。

と組み合わせれば、有力な候補を絞ることができます。

干支は、

年代の答えというより、史料同士を合わせるための目盛り なのです。

考古資料――文字がなくても時間は残る

古代の時間は文字だけに残るわけではありません。

第1シリーズで見た富雄丸山古墳には、

「○○年」という銘文はありません。

それでも、

古墳の形。埴輪。副葬品。埋葬施設。土器。

などを比較することで、築造年代を考えることができます。

これが、考古学的編年 です。

文字史料とは別の方法で時間を測っています。

文字を持つ考古資料は二つの世界をつなぐ

特に重要なのが、

文字の刻まれた出土品 です。

稲荷山古墳の金錯銘鉄剣には、

辛亥年。ワカタケル大王。

という二つの重要な情報があります。

これは、

考古資料でありながら、文字史料でもあります。

辛亥という暦の情報。

ワカタケルという人物情報。

古墳という考古学的情報。

さらに『宋書』の倭王武。

複数の世界を一つの資料がつないでいるのです。

卑弥呼の場合

卑弥呼を例にすると、

中国史書には、

倭女王卑弥呼。

景初二年または三年をめぐる遣使記事。

親魏倭王。

などが記されています。

一方、日本側の『日本書紀』には、

卑弥呼という名前は本文の人物として直接登場しません。

神功皇后紀に『魏志』の倭女王記事が引用されています。

そして考古学では、

3世紀の古墳・集落・鏡などの資料が検討されます。

しかし、

一つの考古資料に「私は卑弥呼である」と書かれているわけではありません。

だからこそ、史料と考古資料の照合には慎重さが必要です。

倭の五王の場合

5世紀になると、もう少し材料が増えます。

中国側には、

『宋書』の讃・珍・済・興・武。

日本側には、

『古事記』『日本書紀』の天皇系譜。

そして国内から、

ワカタケル大王の名を刻んだ稲荷山鉄剣などが出土しています。

ここでは、

中国史書。国内史書。出土文字資料。

という三種類の資料が接近します。

それでも、「讃は必ず○○天皇」

というように、すべての人物比定が確定しているわけではありません。

一致するところと一致しないところを見る

照合というと、「正解を探して一致させる」ように見えます。

しかし実際には、

一致しないところも同じくらい重要 です。

景初二年と景初三年。初期天皇の紀年と考古学的年代。倭の五王と記紀の天皇系譜。

これらの「ずれ」は、

史料の成立事情。伝写。編纂。政治的な紀年設定。資料の不足。

などを考える入口になります。

確実性にも段階がある

古代史の記事を書くとき、すべてを同じ確かさで書かないことも重要です。

例えば、

史料本文にそう書いてある ことと、

研究上有力と考えられている ことと、

一つの説として提案されている ことは違います。

「記されている」。「一般に比定される」。

「有力とされる」。「諸説ある」。

こうした言葉を使い分けることで、古代史の記事はより正確になります。

三つのシリーズで見てきた「古代の時間」

ここまで三つのシリーズを進めてきました。

第一シリーズ、「暦から読む古代史」では、

鉄剣。古墳。星宿図。天文図。十二支。四神。

という実物資料から時間を見ました。

第二シリーズ、「記紀から読む古代の暦」では、

辛酉。干支紀年。初期天皇。神代。乙巳の変。壬申の乱。

という日本側の史書の時間を見ました。

そして第三シリーズ、「中国史書と倭国の年代」では、

魏志倭人伝。景初二年・三年。太歳己未。倭の五王。宋書。

と、日本の外側から残された時間を重ねました。

古代の時間は一つの資料には残っていない

古代の年代を知りたいと思うと、

「正しい年表」を一つ探したくなります。

しかし実際には、

古代の時間は一つの資料には残っていません。

文字。干支。年号。古墳。遺物。星。中国史書。日本史書。

それぞれに残った小さな時間の痕跡を重ねることで、少しずつ時代の輪郭が見えてきます。

暦から古代史へ。

古代史から史料へ。

史料から再び暦へ。

この三つのシリーズを通して、

「時間をどう記録したのか」を見ることが、歴史を読む一つの方法になる

ことが見えてきました。

参考資料・出典

ひとつ前の記事

シリーズ記事一覧

古代の時間へのアプローチ… 

シリーズ1:暦から読む古代史

  • 稲荷山古墳の辛亥年銘鉄剣
  • 富雄丸山古墳の巨大蛇行剣
  • 高松塚古墳の星宿図
  • キトラ古墳の天文図
  • キトラ古墳の十二支像
  • 古墳に残る四神

シリーズ2:記紀から読む古代の暦

  • 神武天皇即位の「辛酉」とは 
  • 『日本書紀』の干支紀年
  • 初期天皇の即位年はどう置かれたのか
  • 神代にはなぜ年次がないのか
  • 乙巳の変・壬申の乱―事件名に残る干支

このシリーズ:中国史書と倭国の年代

  • 魏志倭人伝と景初二年・三年  
  • 『日本書紀』神功皇后紀の「太歳己未」と卑弥呼
  • 中国年号と六十干支の照合
  • 倭の五王と中国史書
  • 国内史料・中国史料・考古資料はどう照合されるか  ← この記事です。

集合ページあります。

\ 各シリーズあります 神社と暦 宮中祭祀 皇室と暦 /

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