神代にはなぜ年次がないのか|神話の時間から歴史の時間へ

記事内に商品プロモーションを含む場合があります。
  • URLをコピーしました!

『日本書紀』は、神武天皇から始まるわけではありません。

その前に、神代 があります。

天地の始まり。

伊弉諾・伊弉冉。

天照大神。

素戔嗚尊。

大国主神。

国譲り。

天孫降臨。

古代日本の世界の始まりを語る物語が続きます。

ところが、ここには不思議な特徴があります。

神武天皇紀に入ると、

「辛酉年」「○年」「○月」「○日」

といった年代が並び始めるのに、

神代には、「神代元年」、「神代二年」という連続した年次がありません。

なぜなのでしょうか。

今回は、「年代がない」ことそのものから、記紀の時間を見てみます。

『日本書紀』の最初の二巻は「神代」

『日本書紀』は全30巻あります。

そのうち、巻第一と巻第二が神代を扱っています。

そして巻第三から、神武天皇紀 が始まります。

この構成そのものが興味深いところです。

神々の時代。

そして天皇の時代。

『日本書紀』の中で、二つの時間が区切られています。

神代にも出来事の順序はある

年次がないからといって、神代に時間がないわけではありません。

天地が開ける。

神々が生まれる。

国が生まれる。

天照大神と素戔嗚尊の物語が続く。

大国主神の国譲りがある。

天孫が降臨する。

というように、出来事には前後関係があります。

つまり神代にも、

「何が先で、何が後か」

という物語上の時間はあります。

しかし、

「何年経ったのか」

という連続した暦年の時間には置かれていません。

「物語の時間」と「紀年の時間」

ここで二つの時間を分けてみます。

神代にあるのは、物語の時間 です。

出来事の順序によって時間が進みます。

一方、神武天皇紀以後に明確になるのは、

紀年の時間 です。

元年。 二年。 三年。 干支。 月。 日。

という形で、出来事が暦の目盛りの中へ置かれます。

この違いを見ると、『日本書紀』では神代から人の時代へ移るところで、

時間の表し方そのものが変化する ことが分かります。

天孫降臨を「西暦何年」とは書けない

現代の私たちは歴史を見ると、

「これは西暦何年か」

を知りたくなります。

しかし、

天岩戸は何年だったのか。
国譲りは何年だったのか。
天孫降臨は何年だったのか。

と問うても、『古事記』『日本書紀』から西暦年を取り出すことはできません。

史料が、そのような形で年代を与えていないからです。

後世に神話上の出来事を何らかの西暦年へ割り当てる説が作られることはあります。

しかし、それは記紀本文に記された実年代ではありません。

神代の記事に対して、無理に現代の年表を当てはめないことが重要です。

神武天皇紀になると干支が現れる

そして巻第三。

神武天皇紀に入ると、時間の様子が変わります。

前に見たように、

「辛酉年春正月」 という紀年が置かれます。

そこから天皇の在位年と干支による時間が始まっていきます。

この変化は非常に大きなものです。

神々の物語だった世界が、

王の在位年によって数える歴史世界 

へ移っていくからです。

神話と歴史を一本につなぐ構成

『日本書紀』では、神代と天皇紀が別々の本として切り離されているわけではありません。

神代の物語から、

天孫降臨。

その系譜。

神武天皇。

へと続きます。

つまり、

神々の世界と天皇の歴史を、一つの系譜の中でつないでいる のです。

ただし、時間の表し方は同じではありません。

神代は出来事と系譜の時間。

天皇紀はそこへ紀年が加わった時間。

この違いを見ることが、記紀を読む上で重要になります。

「年次がない」ことも一つの情報

史料を読むとき、何が書かれているか

に目が向きます。

しかし、

何が書かれていないか

にも意味があります。

神代に連続した年次がないことは、

その物語が「○年○月○日の出来事」を記録する形式で作られていないことを示しています。

だからこそ、

神代の物語を、

神武天皇紀以降と同じ精度の年表として扱うことはできません。

暦が入ると「歴史」が形を持ち始める

神武天皇紀以降、

年があり、

月があり、

日があり、

干支があります。

出来事は暦の目盛りへ置かれていきます。

ここに、

暦と歴史記録の強いつながり

を見ることができます。

何が起きたのか。

誰がいたのか。

だけではなく、

「いつ起きたのか」

が加わることで、出来事は歴史上の位置を持ち始めます。

前に、

「暦」と「歴」が自分の中でつながってきた、

というところから、このシリーズを始めました。

神代から神武天皇紀への変化を見ると、その感覚が具体的になってきます。

神代から歴史の時間へ

神代には、時間があります。

しかし、それは西暦や干支で刻む時間ではありません。

物語が進む時間です。

そして神武天皇紀になると、

辛酉。

元年。

正月。

朔日。

という暦の目盛りが現れます。

物語の時間から、紀年された時間へ。

『日本書紀』の構成そのものが、その境目を見せています。

次はいよいよ、紀年が歴史事件の「名前」そのものになった例を見ます。

乙巳の変。

壬申の乱。

この二つの名称に残った「乙巳」と「壬申」は、どちらも六十干支です。

干支が歴史の中にどのように残ったのかを見て、第2シリーズを締めくくります。

参考資料・出典

ひとつ前の記事

次の記事

シリーズ記事一覧

シリーズ:記紀から読む古代の暦

  • 神武天皇即位の「辛酉」とは  
  • 『日本書紀』の干支紀年         
  • 初期天皇の即位年はどう置かれたのか   
  • 神代にはなぜ年次がないのか   ← この記事です。
  • 乙巳の変・壬申の乱―事件名に残る干支

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!