――近代日本が言葉を獲得していった道筋
和製漢語は、ある日突然まとめて生まれたものではありません。
西洋との接触 → 翻訳の試行錯誤 → 教育・制度への定着
という段階を経て、少しずつ社会に根づいていきました。
この年表では、
「いつ・どの段階で・どのような言葉が整えられていったのか」
を時系列で整理します。
目次
和製漢語成立の大きな流れ(俯瞰)
- 18世紀後半:翻訳の萌芽(蘭学)
- 幕末期:概念翻訳の試行錯誤
- 明治初期:学問語彙の整備
- 明治中期以降:制度・教育用語として定着
- 清末~民国期:中国語への逆輸出
和製漢語成立年表(主要語彙)
1770年代|翻訳という姿勢の誕生
| 年代 | 出来事・語 |
|---|---|
| 1774年 | 『解体新書』刊行(ターヘル・アナトミア) |
| ※対応語なき概念を「意味から考える」翻訳が始まる |
👉
この段階では、まだ「和製漢語」は少ないが、
後の概念翻訳の態度が確立される。
1830〜50年代|幕末の試行期
| 年代 | 語・動き |
|---|---|
| 幕末 | 科学・技術・社会などの語が断片的に使用され始める |
| 蘭学・洋学の翻訳で表記揺れが多発 |
👉
まだ定訳はなく、
一語に複数の訳が併存していた時代。
1860〜70年代|明治初期・学問語彙の成立
| 年代 | 和製漢語 | 備考 |
|---|---|---|
| 1860年代 | 哲学 | 西周による定着 |
| 科学 | science の定訳として確立 | |
| 社会 | society の訳語として定着 | |
| 1870年代 | 経済 | economy の近代的意味が確立 |
| 自由 | liberty の訳語として再定義 |
👉
思考・学問のための言葉が、ここで一気に整う。
1880〜90年代|政治・制度語彙の整備
| 年代 | 和製漢語 | 備考 |
|---|---|---|
| 1880年代 | 権利 | rights の訳語として定着 |
| 国家 | state の概念を担う語に | |
| 国民 | nation / people の訳語 | |
| 1890年代 | 民主 | democracy の訳語として普及 |
👉
憲法・議会・法制度と結びつき、
社会全体で共有される語彙になる。
1900年代初頭|中国語への逆輸出
| 年代 | 動き |
|---|---|
| 清末〜民国 | 日本留学知識人を通じ、中国語に流入 |
| 科学・哲学・社会・革命・民主などが定着 |
👉
和製漢語は、
漢字文化圏全体の近代語彙へと拡張。
年表から見える特徴
① 学問語 → 政治語の順で整った
- 先:科学・哲学・社会
- 後:国家・国民・民主・革命
👉
考え方の言葉が先、制度の言葉が後。
② 翻訳の安定には「教育」が必要だった
- 教科書
- 講義
- 法令文
を通して、
語の意味が固定されていった。
③ 一度定着すると、漢字文化圏を越えて広がった
- 日本語内で完結せず
- 中国語・朝鮮語へ波及
👉
和製漢語は国境を越える語彙になった。
おわりに――年表が示すもの
この年表が示しているのは、
単なる語彙の増加ではありません。
- 世界をどう理解するか
- 社会をどう構想するか
- 人間をどう位置づけるか
そのための言葉の順序が、
歴史の中で形づくられていった過程です。
文明開化とは、
言葉を揃えていく時間でもありました。
