――似ているようで、決定的に異なる三つの言葉
「国家」「国民」「市民」。
これらはしばしば、
同じ文脈で語られ、
ときには互換的に使われることもあります。
しかし、この三つの言葉は、
成立の背景も、指し示す対象も、本質的に異なります。
文明開化期、日本はこの三語を通して、
初めて「近代社会の構造」を言葉として理解することになりました。
目次
「国家」――制度としての共同体
国家の近代的意味
「国家」は、state の訳語として再定義された和製漢語です。
近代的な国家とは、
- 領土
- 主権
- 法
- 統治機構
から成る、
人格を超えた制度体を指します。
ここで重要なのは、
国家が「誰か」ではなく、
「仕組み」そのものとして捉えられる点です。
近世との違い
近世までの統治は、
- 君主
- 将軍
- 支配者の家
と強く結びついていました。
文明開化によって「国家」という言葉が定着すると、
統治は個人から切り離され、
抽象的で持続的な存在として理解されるようになります。
「国民」――国家を構成する主体
国民という新しい概念
「国民」は、nation や people を受け止めるために整えられた言葉です。
国民とは、
- 国家に属する人々
- 権利と義務を持つ存在
- 国家を支える主体
を意味します。
ここで初めて、
国家と人とが制度的に結びつく構図が成立しました。
「民」との決定的な違い
従来の「民」は、
- 統治される側
- 保護の対象
- 客体
でした。
「国民」という言葉の登場は、
人々を政治の主体として位置づけ直す
大きな転換だったのです。
「市民」――国家を批判しうる存在
「市民」は、citizen の訳語として定着した言葉です。
市民の由来
市民とは、
- 国家に属しながらも
- 社会の一員として
- 公共に関わる存在
を指します。
市民は、
単に国家に従属する存在ではありません。
国民と市民の違い
- 国民:
国家との所属関係を表す語 - 市民:
社会参加・公共性・権利行使を強調する語
市民という言葉は、
国家を前提としながらも、
国家を相対化し、批判しうる立場を含んでいます。
三語の関係を整理する
| 言葉 | 中心概念 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 国家 | 制度・主権 | 統治の枠組み |
| 国民 | 所属・主体 | 国家を構成する人々 |
| 市民 | 公共・参加 | 社会を担う個人 |
この三語は、
上下関係ではなく、
役割の違いによって並び立っています。
なぜ混同されやすいのか
日本では、
- 国家=国民=市民
のように、一体化して語られることが多くあります。
これは、
近代国家の成立が比較的急速だったこと、
そしてこれらの語が同時期に翻訳・定着したことによります。
しかし本来、
この三語を区別して考えることは、
近代社会を理解するための前提条件です。
おわりに――言葉を分けることは、考えること
国家・国民・市民。
この三つの言葉を区別することは、
単なる用語整理ではありません。
それは、
- 誰が統治するのか
- 誰が属しているのか
- 誰が社会を動かすのか
を、
言葉によって問い直す作業でもあります。
文明開化は、
制度を導入した時代であると同時に、
こうした問いを言葉として持った時代だったのです。
