亢宿(こうしゅく)は、二十八宿の第二宿です。
角宿に続く宿であり、東方青龍七宿の一つに数えられます。
古代中国では、青龍の首にあたる部分と考えられていました。
現在では吉凶を示す暦注として知られていますが、その始まりは月の位置を観測するための天文学にあります。
亢宿とは
亢宿は二十八宿の第二宿です。
「亢」という字には、高く上がる、高く掲げるという意味があります。
青龍の首筋にあたる宿とされ、天へ向かって力強く伸びる姿がイメージされました。
東方青龍七宿の中では、角宿に続いて現れる宿であり、春の星空を構成する重要な宿の一つです。
現代の星空ではどこにある?
亢宿は現在の天文学では、おおむね「おとめ座」の一部に相当します。
角宿の代表星であるスピカの近くに位置する星々によって構成されています。
二十八宿は現代の星座とは区分方法が異なるため完全には一致しませんが、春の夜空のおとめ座付近に対応すると考えると理解しやすいでしょう。
月がこの付近を通過すると、暦では亢宿の日となります。
暦の中の亢宿
二十八宿は、月の位置を示すために作られた天文観測の仕組みです。
古代の人々は月がどの宿の近くにあるかを観察し、その日の宿を定めていました。
亢宿もその一つであり、日めくり暦や民間暦に記される宿の名称として現在まで伝わっています。
二十四節気が太陽の運行を基準とするのに対し、二十八宿は月の運行を基準としています。
亢宿の日に向くとされたこと
民間暦では、亢宿は比較的吉事に向く宿とされています。
特に、
- 婚礼
- 契約
- 開業
- 移転
- 新しい計画の開始
などによいと伝えられています。
「高く伸びる」という亢の字の意味から、発展や向上を願う事柄と結び付けて考えられることもありました。
避けることはある?
亢宿は一般には吉宿とされることが多く、大きな凶事が伝えられる宿ではありません。
ただし、二十八宿の吉凶は流派や地域によって解釈が異なる場合があります。
現在では吉凶そのものよりも、古代の暦文化や天文学の歴史を知る手がかりとして見る方がよいでしょう。
高松塚古墳・キトラ古墳との関係
亢宿を含む二十八宿の世界観は、日本にも伝えられました。
奈良県の高松塚古墳やキトラ古墳には、四神や星宿図が描かれています。
これらは飛鳥時代の日本が、中国由来の天文学や暦文化を積極的に取り入れていたことを示しています。
亢宿もまた、その壮大な星空の体系の中に位置付けられていました。
亢宿は青龍の首を表す宿
亢宿は二十八宿の第二宿であり、東方青龍七宿の一つです。
古代人は春の夜空を見上げながら、この宿を青龍の首に見立てました。
現在の星空ではおとめ座付近に対応し、月の運行を記録するための重要な目印となっていました。
亢宿という二文字には、古代の天文学と暦文化が今も息づいているのです。
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