天皇の祈りと暦とのかかわり
四方拝（しほうはい）って、ご存じでしょうか。
新年早々――元旦の未明、天皇が四方を拝し、天下泰平を祈る儀式です。
宮内庁の公式サイトを見ると、「天皇ご一家のご日程」の欄に
令和7年1月1日（水） 天皇陛下 四方拝（神嘉殿）
との記載があります。
ここで行われる**神嘉殿（しんかでん）**とは、どのような場所なのでしょうか。
皇居内には、宮中三殿と呼ばれる
- 賢所（かしこどころ）
- 皇霊殿（こうれいでん）
- 神殿（しんでん）
が設けられています。
これらは、天皇の祈りの中心となる場です。
そして神嘉殿は、この宮中三殿に附属する建物の一つで、
ほかにも神楽舎（かぐらしゃ）・綾綺殿（りょうきでん）・奏楽舎（そうがくしゃ）・幄舎（あくしゃ）など、祭祀に関わる専用の建物が構内に配置されています。
年の始まりに、四方拝という祈りが置かれている。
しかも、そのための特別な空間が、恒常的に用意されている。
この事実だけでも、「年の変わり目」と「祈り」が、
偶然ではなく、制度的に強く結びついていることが感じられます。
暦の中に配置された祈り
新嘗祭（にいなめさい）も、代表的な祈りの儀式です。
その年の収穫に感謝し、
五穀豊穣の循環を確かめるように行われるこの祭祀もまた、
暦の上の決まった時期に置かれています。
四方拝のほか、祈年祭（きねんさい）、新嘗祭、神嘗祭（かんなめさい）、――
宮中祭祀を並べてみると、共通点が見えてきます。
それは、
いずれも「いつ行うか」が、あらかじめ定められている
という点です。
祈りは、思い立ったときに行うものではなく、
「この日」「この時」に行うものとして、
暦の中に組み込まれているのです。
天皇が行う田植えや、
皇后が行う養蚕（蚕のお世話）なども、
折々にニュースとして目にしますが、
それらもまた、季節の節目と密接に対応しています。
私たちはこれらを「伝統行事」として眺めがちですが、
実際には、自然の循環と暦の区切りに沿って配置された一連の行為
として見ることができます。
宮中で行われる主な祭祀やその日程については、
宮内庁が公開している
「主要祭儀一覧」に詳しくまとめられています。
なぜ、あまり公開されていないのか
宮中祭祀の多くは、原則として一般公開されていません。
祝詞の内容や拝礼の具体的な様子が、
映像として伝えられることもほとんどありません。
これは、単に「私的な行事だから」ではないように思われます。
むしろ考えられるのは、
これらの祈りが
誰かに見せるための儀式ではなく、
正しい時・正しい場所・正しい作法で行われること自体に意味がある
という性格を持っているからではないでしょうか。
暦に基づき、
定められた空間で、
定められた主体（天皇）が行う。
その構造が崩れないことこそが、
祈りの公的性格を保ってきた――
そう考えることもできそうです。
天皇の祈りと暦は、どこで結びついたのか
ここまで見てくると、
天皇の祈りは、暦と切り離して考えることができない、
という印象を受けます。
では、こうした祈りと暦の結びつきは、
いつ、どのように形づくられてきたのでしょうか。
- それを示す歴史的な根拠は、どこに残っているのか
- 暦は、誰が作り、誰が管理していたのか
- その編纂を命じたのは、誰だったのか
次は、文献や制度の記録を手がかりに、
この関係がどのように成立してきたのかを、
もう少し具体的にたどってみたいと思います。
参考資料・一次情報
- 宮内庁 主要祭儀一覧（宮中三殿で行われる祭祀の名称・日程・概要）
主要祭儀一覧
| 月日 | 祭儀 | 内容 |
|---|---|---|
| 1月1日 | 四方拝（しほうはい） | 早朝に天皇陛下が神嘉殿南庭で伊勢の神宮、山陵および四方の神々をご遙拝になる年中最初の行事 |
| 歳旦祭（さいたんさい） | 早朝に三殿で行われる年始の祭典 | |
| 1月3日 | 元始祭（げんしさい） | 年始に当たって皇位の大本と由来とを祝し、国家国民の繁栄を三殿で祈られる祭典 |
| 1月4日 | 奏事始（そうじはじめ） | 掌典長が年始に当たって、伊勢の神宮および宮中の祭事のことを天皇陛下に申し上げる行事 |
| 1月7日 | 昭和天皇祭（しょうわてんのうさい） | 昭和天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典（陵所においても祭典がある。）夜は御神楽がある。 |
| 1月30日 | 孝明天皇例祭（こうめいてんのうれいさい） | 孝明天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典（陵所においても祭典がある。） |
| 2月17日 | 祈年祭（きねんさい） | 三殿で行われる年穀豊穣祈願の祭典 |
| 2月23日 | 天長祭（てんちょうさい） | 天皇陛下のお誕生日を祝して三殿で行われる祭典 |
| 春分の日 | 春季皇霊祭（しゅんきこうれいさい） | 春分の日に皇霊殿で行われるご先祖祭 |
| 春季神殿祭（しゅんきしんでんさい） | 春分の日に神殿で行われる神恩感謝の祭典 | |
| 4月3日 | 神武天皇祭（じんむてんのうさい） | 神武天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典（陵所においても祭典がある。） |
| 皇霊殿御神楽（こうれいでんみかぐら） | 神武天皇祭の夜、特に御神楽を奉奏して神霊をなごめる祭典 | |
| 6月16日 | 香淳皇后例祭（こうじゅんこうごうれいさい） | 香淳皇后の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典（陵所においても祭典がある。） |
| 6月30日 | 節折（よおり） | 天皇陛下のために行われるお祓いの行事 |
| 大祓（おおはらい） | 神嘉殿の前で、皇族をはじめ国民のために行われるお祓いの行事 | |
| 7月30日 | 明治天皇例祭（めいじてんのうれいさい） | 明治天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典（陵所においても祭典がある。） |
| 秋分の日 | 秋季皇霊祭（しゅうきこうれいさい） | 秋分の日に皇霊殿で行われるご先祖祭 |
| 秋季神殿祭（しゅうきしんでんさい） | 秋分の日に神殿で行われる神恩感謝の祭典 | |
| 10月17日 | 神嘗祭（かんなめさい） | 賢所に新穀をお供えになる神恩感謝の祭典。この朝天皇陛下は神嘉殿において伊勢の神宮をご遙拝になる。 |
| 11月23日 | 新嘗祭（にいなめさい） | 天皇陛下が、神嘉殿において新穀を皇祖はじめ神々にお供えになって、神恩を感謝された後、陛下自らもお召し上がりになる祭典。 宮中恒例祭典の中の最も重要なもの。天皇陛下自らご栽培になった新穀もお供えになる。 |
| 12月中旬 | 賢所御神楽（かしこどころみかぐら） | 夕刻から賢所に御神楽を奉奏して神霊をなごめる祭典 |
| 12月25日 | 大正天皇例祭（たいしょうてんのうれいさい） | 大正天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典（陵所においても祭典がある。） |
| 12月31日 | 節折（よおり） | 天皇陛下のために行われるお祓いの行事 |
| 大祓（おおはらい） | 神嘉殿の前で、皇族をはじめ国民のために行われるお祓いの行事 |
注）国民のために…と表現された祭儀を太字にしてみました。