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そもそも、甲子は「最初」なのに
六十干支の並びを見ると、必ずこう思います。
甲子(きのえね)が最初なんだから、
その「元年」がどこかにあるはずでは?
でも結論から言うと――
甲子の元年は存在しません。
これは、資料が失われたからでも、決め忘れたからでもありません。
**最初から「作られていない」**のです。
なぜ「甲子元年」は作られなかったのか
六十干支は「始まり」を必要としない
六十干支は、
- 甲子 → 乙丑 → 丙寅 → … → 癸亥
- 60で一巡
- そして、また甲子へ戻る
という循環型の仕組みです。
ここで大切なのは、
この仕組みに 「世界の最初の日」や「創世の年」 が
組み込まれていないことです。
六十干支は、
- いつ始まったか
ではなく - 今がどの位置か
を示すための暦記号でした。
古代中国にとって「元年」は重要ではなかった
西洋の暦では、
- 建国の年
- 王の即位
- 宗教的な起点
といった 一本の始まり が重視されます。
一方、古代中国の時間観はまったく違いました。
- 天は巡る
- 地は循環する
- 王朝は交代する
つまり、
世界は始まるものではなく、回り続けるもの
という感覚です。
そのため、
「最初の甲子はいつですか?」
という問いそのものが、
古代中国的には 成立しません。
では、なぜ甲子が先頭なのか
ここで一つ、誤解しやすい点があります。
甲子が「最初に並べられている」ことと、
甲子が「時間の始まり」であることは、別です。
甲子が先頭に置かれた理由は、象徴的なものです。
- 甲:十干のはじまり(芽吹き・陽木)
- 子:十二支のはじまり(冬至・再生)
つまり甲子は、
「並べるときの基準点」
として選ばれただけです。
歴史の起点ではありません。
実際の使われ方を見ると、答えが見える
古代の記録では、干支はこう使われます。
- ○王△年、甲子の日
- 某月、辛卯の日
ここで必要なのは、
- どの王の治世か
- その年の中での位置
だけです。
甲子がいつ始まったかは、まったく不要でした。
だから、こう言える
六十干支に「甲子元年」は存在しない。
それは未完成だったからではなく、
最初から起点を必要としない暦技術として設計されていたからだ。
六十干支は、
時間を「始める」ための装置ではなく、
時間を「区別し、記録する」ための装置でした。
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